第49回日本理学療法学術大会

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大会企画 » シンポジウムⅠ

生活を支えるための環境―飛び出そう街へ―

Fri. May 30, 2014 1:30 PM - 3:00 PM 第2会場 (1F メインホール)

座長:佐藤史子(横浜市総合リハビリテーションセンター地域支援課)

シンポジウムⅠ

[2012] これからのバリアフリー環境整備の課題

髙橋儀平 (東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科)

1.生活環境のバリアとはどういうことなのか
日本における「まちのバリアフリー環境」に向けた動きは,まだまだ入所施設,通所施設の整備すら十分にできていない1970年代初頭に始まる。その後,車いす市民による生活圏拡大拡張運動や福祉のまちづくり運動の主要なテーマとして全国各地で広範に展開された(写真1)。
私も70年代中頃からこれらの運動にかかわってきたが,振り返ってみると,この時代はバリアがあって「当たり前」。毎年のように障害のある人たちと海水浴やスキーに行ったが,多くのバリアが存在していても,それがバリアであることを意識していなかったようにも感じる。
自然の中には沢山のさまざまなバリアがあるのが当たり前。それを意識して除却しようとは考えず,どのようにそのバリアを乗り越えるのかという観点しかなかった。本人自身だけではなく,一緒に行った家族,ボランティアを含めて,海岸の砂地をコンクリートに,という声はあげなかった。
冬のスキー場でも同様である。泊まった民宿には車いす使用者トイレはなく,階段ばかり,それでも不思議に不満は出ない。急斜面の山道やゲレンデ,砂地では車いすを引っ張り,疲れはしたがどちらかと言えば楽しい思い出ばかり。
ところが1980年代に入り,街の中にあるバリアが「普通」ではないことに気づかされ,法制度の問題も含めて対策を論議するようになっていく。
一方住宅は深刻だった。移動が自由に出来ない日本家屋の特徴,親やきょうだいに改造を求めることができない家庭生活の実態,安い民間木賃アパートが自立生活の始まりであった。東京都がケア付き住宅を開設したのが1981年。ケア付き住宅は,介助が必要な重度の障害者の独立生活を目指した新たな居住形態であり,まちの中で生きる一歩でもあった。
都は1974年より都営住宅でハーフメイド方式を採用,入居者が決まった段階で入居予定者に合わせた水回り空間の詳細設計を行う方式を採用し始めた。入居前の住宅相談では建築の専門家,理学療法士または作業療法士が連携して相談を受ける。この体制は他の自治体にも伝わり,障害者の住環境の改善に大きな役割を果たした。1990年代に入って広がりを見せた専門家(集団)による住宅改修ネットワークもこうした経験の地域版である。

2.日本の障害者を取り巻く生活環境はどう変わったのか
障害者を取り巻く生活環境改善が始まって40年,70年代~80年代にかけてバリアフリー関係法制度が成立していた欧米からみると10年以上の遅れはあったが,障害当事者,行政,事業者等の持続的な取り組みによって,1994年にハートビル法,2000年に交通バリアフリー法が制定され,世界でもトップレベルのバリアフリー環境に整備されてきたと言える。
特に2006年には,道路,交通施設から建築物に至る連続的な整備を面的に行う方針が定められ,整備を求める範囲の拡充が行われた。いわゆる「バリアフリー基本構想」である。私はこのバリアフリー基本構想が障害者差別の解消や地域のバリアフリー化に極めて重要な役割を果たしているとみているが,2013年12月現在,基本構想を策定している自治体は280区市町にすぎない。地方公共団体の中で,バリアフリーの意義を理解する人は大半と思われるが,丁寧な行動力で施策を展開しようとしている人は,関係者に限定される。地方公共団体はこの制度を十分に生かし切れていない。

3.障害当事者は生活環境の整備をどう捉えているのか
世界のトップレベルに達した日本のバリアフリー環境ではあるが,今なお,障害当事者からは,バリアフリー化の推進が不十分であるとの指摘が強い。多くの場合,交通機関とまちの中の小規模店舗に向けられる。前者では駅でエレベーターやホーム柵の設置に関する要望が多い。後者ではフランチャイズチェーン店のバリアフリー化が進まない。これを指導する行政の立場では,バリアフリー法,福祉のまちづくり条例を設けているものの,依然としてバリアフリー化を「お願い」する程度にしか推進していない。
10数年前に比べて住宅環境への要望が少ないが,建て替え等により公営住宅のバリアフリー化が格段に進んでいるとみられる。

4.生活環境整備のゴール
障害者差別解消法を持ち出すまでもなく,重要なのは,「分け隔てのない環境」を作ることにある。差別解消法は2年後に施行されるが,障害当事者に負担のない「合理的配慮」を十分に意識する必要がある。そのためにもバリアフリー法・制度等に基づく「事前的改善」の重要性が益々増大する。
障害がなければどこでも簡単に選択できる経路や客席でも障害があるだけで選択の幅が狭められる。さらに多数の人の防災対策を推進する余り,避難所で気兼ねなく宿泊できない環境が出来ても困る。施設管理者や事業運営者,設計者の対応が益々重要である。
もう一つ,地域での孤立が叫ばれている。外出しやすい生活環境づくりと同時に,住宅の中で孤立しないコミュニケーション環境づくりが重要である。優れたまちのバリアフリー環境が達成されても,孤独ではどうしようもない。自宅から一歩外に出て社会との関係を作り,生活が維持される。生活の目標を高められる関係性を作らなければならない。
理学療法という技術は,まず本人の生活の質を高め,豊かな社会参加,社会生活が享受できるようにすることと理解している。生活環境や社会の変化は急激である。その変化に対峙する当事者の生活意識や行動の変化を把握しながら,目的や手段だけではなく,社会関係を含めて,その周囲に潜む多様な状況を的確に捉える必要がある。

写真1 車いす使用者により仙台市で始まった「みんなの街づくり」運動の啓発スライド表紙