[2032] 脳卒中後のpusher syndrome―出現率と経過の半球間差異,そして責任病巣―
脳卒中後には様々な要因を背景として姿勢やバランスの異常が出現し得る。その中でも特徴的な姿勢調節障害の一つにpusher syndrome(pushing)がある。この現象についてDavies1)は,あらゆる姿勢で麻痺側へ傾斜し,自らの非麻痺側上下肢を使用して床や座面を押して,正中にしようとする他者の介助に抵抗する現象と定義している。pushingは,多くの例で時間経過に伴い消失していくことが報告されているが,pushingが出現している間はADLの自立度を著しく低下させる。そして,pushingが消失しない場合にはADLの予後は最終的にも不良で,自宅復帰率は極めて低い。また,pushing例とpushingを伴わない例の比較において,入院期間が有意に延長するものの,最終的なADL改善度に差はないとする報告があるものの,入院期間が同程度であった場合には,pushing例のADLはpushingを伴わない例より不良であり,在宅復帰率も低い事が報告されている。
Pushingに関する病態疫学には未だ不明な点が多い。一つは出現率である。出現率に関する報告は複数あり,少ないものでは1.5%から,多いものでは60%にまでに至り報告による差異が大きい。この背景にはpushingを判定する評価方法の相違と対象選定条件の相違があげられる。これまで,pushingの評価は,Davies1)の記述を基に,主観的に,それに該当するか否かで二者択一的になされてきた。この問題に対し,pushingを客観的かつ定量的に評価するための指標としてScale for Contraversive Pushing(以下,SCP)が提唱された。SCPはDavies1)が記述した特徴的現象である①麻痺側への姿勢傾斜,②非麻痺側上下肢で押す現象の出現,③修正する他者の介助への抵抗という3つを下位項目に設定し,構成されたスケールである。Pushingの評価スケールにおけるsystematic reviewでは,SCPは再現性,構成概念妥当性が検証され,感度・特異度ともに良好であり,pushingを評価するにあたり優れた評価指標であるとされている。pushingは多くの例で改善するため,急性期と急性期以降の研究において出現率が大きく異なる。そのため,出現率を明らかにするためには,急性期から再現性が検証された適切な評価スケールを用い,妥当とされるカットオフ値にて調査する必要があろう。
出現における半球間差異もまた不明である。これまでのpushingに関する疫学調査を概観すると1996年のPedersen et al.2)による報告が過去最大の調査である。Pedersen et al.2)は,pushingを呈する群とpushingを呈しない群との間で,右半球損傷例の割合に有意差は無いと報告した。しかし,この調査におけるpushingの出現数は34例であり,右半球損傷でも左半球損傷でも出現することが既知の事実である本現象において,半球間差異を検証するには十分なサンプル数とは言い難い。Pushingが左半球損傷例においても出現することは間違いないが,これまでの研究では統計学的有意差は無いものの,いずれの研究においても右半球損傷例の出現数は左半球損傷例のそれより多い。この差を検証するためには十分なサンプル数を確保する必要があるだろう。また,Pushingの半球間差異に関する研究において強い影響を及ぼすことが推察される要因に調査時期の相違があげられる。発症早期の脳卒中者を対象とし,半球間差異がないというPedersen et al.2)の報告に対して,Premoselli et al.3)は発症から63.1±40.6日経過した脳卒中例202名を対象とした調査において,pushingを呈した21例のうち,20例が左片麻痺例であったと報告した。このように急性期を過ぎた患者を対象とした研究において右半球損傷例における出現率が高いことは,調査時期が半球間差異に影響を与えていることを推察させる。すなわち,右半球損傷例と左半球損傷例には回復経過に差異があり,左半球損傷例ではより早期にpushingが回復していると考えられる。
我々は,十分な対象者数をもって,対象選定の条件を明確化し,より信頼性の高い客観的な評価スケールを用いて本現象の出現率を明らかにし,その上で回復の経過を追跡し,pushingの回復経過における半球間差異を明らかにすることとした。
対象は脳卒中の診断にて急性期加療された連続的1660名の患者のうち,下肢麻痺を伴う1099名を解析の対象とした。方法は,Pushingの有無をScale for Contraversive Pushingを用いて評価し,pushingの出現率を求め,さらに,画像所見から,病巣をテント上の右あるいは左半球に限局したものとそれ以外の2群に分類し,テント上右半球損傷例とテント上左半球損傷例の出現率における半球間差異を検討した。さらに,pushingを呈した症例のうち,回復経過に影響を及ぼす可能性のある要因を排除した35名を抽出し,その回復経過をKaplan-Meier法を用いて生存曲線を描き,Log-rank法にて検定した4)。
調査の結果,pushingは156例にみられ,出現率は14.2%であった。Pushingを呈した156例のうち,右半球損傷例は97例,左半球損傷例は57例,両側半球損傷例は2例存在した。右半球損傷例における出現率は453例中97例で21.4%,左半球損傷例における出現率は429例中57例で13.3%であり,リスク比は1.61(95%信頼区間,1.20-2.17)で,右半球損傷例に有意に高率に出現していた。対象者を選択したのちにKaplan-Meier法にて求めた生存曲線はLog-rank法にて有意差(p=0.027)がみられ,右半球損傷例のpushing消失は左半球損傷例より有意に遅延していた4)。
本シンポジウムでは筆者らが取り組んできたpushingに関する研究を紹介する。また,現在,取り組んでいる,脳画像所見からpushingの回復遅延に関連し得る責任病巣を追求する研究についても紹介する。
1)Davies. Steps to Follow:A Guide to the Treatment of Adult Hemiplegia. New York, NY:Springer-Verlag;1985.
2)Pedersen et al. Ipsilateral pushing in stroke:incidence, relation to neuropsychological symptoms, and impact on rehabilitation. The Copenhagen Stroke Study. Arch Phys Med Rehabil. 1996:25-28.
3)Premoselli et al. Pusher syndrome in stroke:clinical, neuropsychological and neurophysiological investigation. Eur Med Phys. 2001:143-151.
4)Abe et al. Prevalence and length of recovery of pusher syndrome based on cerebral hemispheric lesion side in patients with acute stroke. Stroke. 2012:1654-6.
Pushingに関する病態疫学には未だ不明な点が多い。一つは出現率である。出現率に関する報告は複数あり,少ないものでは1.5%から,多いものでは60%にまでに至り報告による差異が大きい。この背景にはpushingを判定する評価方法の相違と対象選定条件の相違があげられる。これまで,pushingの評価は,Davies1)の記述を基に,主観的に,それに該当するか否かで二者択一的になされてきた。この問題に対し,pushingを客観的かつ定量的に評価するための指標としてScale for Contraversive Pushing(以下,SCP)が提唱された。SCPはDavies1)が記述した特徴的現象である①麻痺側への姿勢傾斜,②非麻痺側上下肢で押す現象の出現,③修正する他者の介助への抵抗という3つを下位項目に設定し,構成されたスケールである。Pushingの評価スケールにおけるsystematic reviewでは,SCPは再現性,構成概念妥当性が検証され,感度・特異度ともに良好であり,pushingを評価するにあたり優れた評価指標であるとされている。pushingは多くの例で改善するため,急性期と急性期以降の研究において出現率が大きく異なる。そのため,出現率を明らかにするためには,急性期から再現性が検証された適切な評価スケールを用い,妥当とされるカットオフ値にて調査する必要があろう。
出現における半球間差異もまた不明である。これまでのpushingに関する疫学調査を概観すると1996年のPedersen et al.2)による報告が過去最大の調査である。Pedersen et al.2)は,pushingを呈する群とpushingを呈しない群との間で,右半球損傷例の割合に有意差は無いと報告した。しかし,この調査におけるpushingの出現数は34例であり,右半球損傷でも左半球損傷でも出現することが既知の事実である本現象において,半球間差異を検証するには十分なサンプル数とは言い難い。Pushingが左半球損傷例においても出現することは間違いないが,これまでの研究では統計学的有意差は無いものの,いずれの研究においても右半球損傷例の出現数は左半球損傷例のそれより多い。この差を検証するためには十分なサンプル数を確保する必要があるだろう。また,Pushingの半球間差異に関する研究において強い影響を及ぼすことが推察される要因に調査時期の相違があげられる。発症早期の脳卒中者を対象とし,半球間差異がないというPedersen et al.2)の報告に対して,Premoselli et al.3)は発症から63.1±40.6日経過した脳卒中例202名を対象とした調査において,pushingを呈した21例のうち,20例が左片麻痺例であったと報告した。このように急性期を過ぎた患者を対象とした研究において右半球損傷例における出現率が高いことは,調査時期が半球間差異に影響を与えていることを推察させる。すなわち,右半球損傷例と左半球損傷例には回復経過に差異があり,左半球損傷例ではより早期にpushingが回復していると考えられる。
我々は,十分な対象者数をもって,対象選定の条件を明確化し,より信頼性の高い客観的な評価スケールを用いて本現象の出現率を明らかにし,その上で回復の経過を追跡し,pushingの回復経過における半球間差異を明らかにすることとした。
対象は脳卒中の診断にて急性期加療された連続的1660名の患者のうち,下肢麻痺を伴う1099名を解析の対象とした。方法は,Pushingの有無をScale for Contraversive Pushingを用いて評価し,pushingの出現率を求め,さらに,画像所見から,病巣をテント上の右あるいは左半球に限局したものとそれ以外の2群に分類し,テント上右半球損傷例とテント上左半球損傷例の出現率における半球間差異を検討した。さらに,pushingを呈した症例のうち,回復経過に影響を及ぼす可能性のある要因を排除した35名を抽出し,その回復経過をKaplan-Meier法を用いて生存曲線を描き,Log-rank法にて検定した4)。
調査の結果,pushingは156例にみられ,出現率は14.2%であった。Pushingを呈した156例のうち,右半球損傷例は97例,左半球損傷例は57例,両側半球損傷例は2例存在した。右半球損傷例における出現率は453例中97例で21.4%,左半球損傷例における出現率は429例中57例で13.3%であり,リスク比は1.61(95%信頼区間,1.20-2.17)で,右半球損傷例に有意に高率に出現していた。対象者を選択したのちにKaplan-Meier法にて求めた生存曲線はLog-rank法にて有意差(p=0.027)がみられ,右半球損傷例のpushing消失は左半球損傷例より有意に遅延していた4)。
本シンポジウムでは筆者らが取り組んできたpushingに関する研究を紹介する。また,現在,取り組んでいる,脳画像所見からpushingの回復遅延に関連し得る責任病巣を追求する研究についても紹介する。
1)Davies. Steps to Follow:A Guide to the Treatment of Adult Hemiplegia. New York, NY:Springer-Verlag;1985.
2)Pedersen et al. Ipsilateral pushing in stroke:incidence, relation to neuropsychological symptoms, and impact on rehabilitation. The Copenhagen Stroke Study. Arch Phys Med Rehabil. 1996:25-28.
3)Premoselli et al. Pusher syndrome in stroke:clinical, neuropsychological and neurophysiological investigation. Eur Med Phys. 2001:143-151.
4)Abe et al. Prevalence and length of recovery of pusher syndrome based on cerebral hemispheric lesion side in patients with acute stroke. Stroke. 2012:1654-6.