第49回日本理学療法学術大会

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専門領域研究部会 運動器理学療法 » スポーツ部門企画シンポジウム

スポーツ復帰に向けての客観的な理学療法評価

Sat. May 31, 2014 9:30 AM - 10:50 AM 第12会場 (5F 502)

司会:坂本雅昭(群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学領域応用リハビリテーション学分野), 浦辺幸夫(広島大学大学院医歯薬保健学研究院総合健康科学部門保健学分野スポーツリハビリテーション学研究室)

専門領域 運動器

[2050] 筋電図評価の活用

大工谷新一 (岸和田盈進会病院リハビリテーション部)

【はじめに】スポーツ競技復帰を目的とした運動器疾患に対する理学療法は,患部の治癒(修復,成熟)の経過とその程度を考慮して,かつ関節可動域や筋力その他の検査測定結果,および動作所見から得られる問題点を解決するように進められる。段階的動作獲得を含めた理学療法過程では,主として経験則のみによる動作指導が行われ,動作の熟練性についても経験則に基づいた動作評価により判定されていることが多い。また,創傷が治癒し,かつ動作障害の原因となる機能障害が改善または消失しても動作時の不安感や違和感により競技復帰できない症例や,機能障害の改善が不十分であってもスポーツ動作を円滑に獲得して競技復帰に至る症例がいる。つまり,スポーツ理学療法においては,機能障害の改善の程度や医師や理学療法士,スポーツ指導者の経験則では競技復帰への指標としては不十分であり,運動神経生理学などの基礎学問に立脚した客観的指標について検索する必要がある。筆者は,その一つの指標として表面筋電図(誘発筋電図と動作筋電図)所見の有用性に着目し応用している。
【筋電図検査】筋電図には針筋電図と表面筋電図があるが,理学療法士が臨床で容易に用いることができるのは表面筋電図である。表面筋電図は,文字どおり電極を皮膚上に配置するもので,動作時の筋活動を記録する動作筋電図と電気刺激などの刺激により誘発される電位を記録する誘発筋電図がある。なかでも,筆者は誘発筋電図による評価を実施している。
【スポーツ医科学領域における中枢神経機能評価としてのサイレントピリオドとH反射】スポーツ競技者の神経筋機能を示す電気生理学的指標にサイレントピリオド(筋放電の休止期:SP)とH反射がある。SPとは,持続的筋収縮中の急激な反応動作や外的な刺激により持続的な筋放電が抑制される期間のことであり,その変動は末梢の筋活動と中枢神経系の抑制作用の関連性を示す一つの指標になる。H反射は求心性感覚線維,脊髄前角細胞,末梢運動神経などが関与する単シナプス反射であり,その振幅は脊髄興奮準位の指標となる。筆者らのこれまでの研究では,SPとH反射が競技力の向上やスポーツ外傷・障害後の回復過程(競技復帰)への指標として応用できることが明らかとなっている。特に,競技復帰に関しては,回復過程における外観上の動作所見を裏付ける見地,および動作所見として現れないレベルの神経筋機能の異常を検出するツールとして有用であることが解明されつつある。
【スポーツ理学療法過程でみられた筋電図学的所見】膝前十字靭帯(ACL)再建術後,および足関節の内がえし捻挫後の誘発筋電図所見について,現在のところ,以下のことが明らかとなっている。
ACL再建術後における誘発筋電図所見
1)下肢の過用に応じて同側のSPの短縮と変動係数の増大,および振幅H/Mが増大することがある。
2)免荷時期から走行,方向変換というように多様な動作を学習する時期に,正しい運動イメージの習得に努力を要する場合には,術側のSPの変動係数と振幅H/M比の増大が認められる。さらに,術側に長潜時反射が出現することがある。
3)円滑に理学療法過程が進んでいる場合には誘発筋電図所見は正常所見となる。
足関節捻挫後における誘発筋電図所見
1)受傷前と比較して受傷直後に振幅H/Mは増大することがあり,その変化は概ね1ヶ月で終息する。
2)受傷直後の受傷側で長潜時反射様の律動的波形が記録されることがある。
【スポーツ競技復帰に向けての理学療法評価としての筋電図検査の確立に向けて】
今回のシンポジウムでは,ACL再建術後および足関節捻挫後に得られた筋電図所見について,健常者のデータも提示しながら,スポーツ競技復帰に向けての客観的な評価指標としての筋電図評価について議論する一助としたい。また,可能であれば動作筋電図所見も提示し,議論を深めたい。
現在のところ,筋電図学的所見としては,外観上の動作観察所見や痛みなどの自覚症状,腫脹などの他覚的所見と一致する結果が得られている。また,筆者らの研究からは,動作に外観上の異常所見が出る前に誘発筋電図検査で特記すべき所見が現れることも示唆されている。しかしながら,誘発筋電図は電気刺激を用いたり,シールドルームでの記録が望ましかったりといったスポーツ現場で応用するための障壁が少なくない。また,本件の意義は,神経学的に異常がないことが多い対象者において筋電図学的異常所見が検出されることにある。これは,得られた筋電図所見の解釈を神経学的な異常に求めることが困難であることを示すものであり,すなわち,異常所見を減らす(機能を改善させる)方策を考慮することが難しいということである。評価指標として用いられるものは,その所見が変動する原因が明確であり,どのような介入によりその評価所見が改善するかが明らかでなければならない。今後の研究により,筋電図学的異常所見が得られる原因が明らかとなることが強く望まれる。