第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述24

運動生理学2

Fri. Jun 5, 2015 3:00 PM - 4:00 PM 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:坂野裕洋(日本福祉大学 健康科学部)

[O-0186] 温浴により血中BDNFが増加する

温浴の効果を科学する

児嶋大介1, 中村健1, 木下利喜生1, 橋崎孝賢1, 森木貴司1, 櫻井雄太2, 山城麻未2, 藤田恭久1, 安岡良訓3, 田島文博1 (1.公立大学法人和歌山県立医科大学附属病院リハビリテーション部, 2.那智勝浦町立温泉病院リハビリテーション科, 3.社会医療法人黎明会北出病院リハビリテーション科)

Keywords:頸下浸水, アルツハイマー病, 中枢温

【はじめに,目的】
Brain-derived neurotrophic factor(以下BDNF)は神経細胞の発生や成長,維持,修復に働き,さらに学習や記憶,情動,摂食,糖代謝などにおいても重要な働きをする分泌タンパク質である。近年,アルツハイマー病やうつ病を含む神経変性疾患やII型糖尿病,肥満症患者において,脳内と血液中のBDNF水準が低下する事が報告された。これらの疾病に対する治療手段の一つである運動が,BDNF水準を上昇させる事は周知の通りである。しかし,運動だけでなく,様々な因子がBDNFを調節する。Goekintらは,低温環境下と比較して,高温環境下での運動に伴う中枢温の上昇により,血中BDNF上昇率が有意に増加すると報告した。これらの事より,我々は中枢温の上昇が,血中BDNFを増加させる因子であると推測した。そこで我々は,20分間の温水頸下浸水前後での血中BDNF,末梢でのBDNF代謝機序に関係するコルチゾール,血小板,単球を測定する事を目的とした。
【方法】
被験者は若年健常男性8名(年齢24.8±2.8歳,身長173.2±0.1cm,体重65.9±3.9kg)とした。また,全ての被験者は測定前日から激しい運動・カフェイン・アルコールの摂取を禁止した。被験者は,水着に着替え,室温28℃の環境で,血圧・心拍数と中枢温として食道温をモニタリングしながら安静座位をとった。血圧・心拍数が安定した後,30分間の浸水前測定を行った。その後,42℃の温水に頚まで浸かりながら(頸下浸水)20分間安静座位をとり,その後再び室温28℃の環境で30分間の安静座位をとった。浸水前,浸水直後,浸水15分後,浸水30分後に,左前腕からそれぞれ6mlを採血した。採血後,直ちに遠心分離機で血漿・血清を分離させ,ELISA法により血中BDNFを測定した。また,コルチゾール,ヘマトクリット値,血小板,単球の測定を行った。温水は那智勝浦町立温泉病院の地下から湧き出るものをボイラーで温度調節し,使用した。結果の解析はANOVAを行い,post hocテストでTukey-Kramerを用いて負荷前後の検定を行い,有意水準は5%未満とした。
【結果】
頸下浸水負荷前後の食道温は浸水前(37.0±0.2℃)と比較し,浸水直後(39.5±0.3℃)(P<0.01),浸水15分後(38.0±0.2℃)に上昇が認められ(P<0.05),浸水30分後には浸水前水準に戻った。血中BDNF濃度は,浸水前(38.1±4.6ng/ml)と比較し,浸水直後(54.6±5.6ng/ml),浸水15分後(54.6±2.6ng/ml)に上昇が認められ(P<0.05),浸水30分後には浸水前水準に戻った。コルチゾールは,浸水前(10.1±1.6μg/ml)と比較し,浸水直後(6.3±1.2μg/ml)に低下(P<0.05)が認められ,浸水15分後に浸水前水準に戻った。ヘマトクリット値,単球,血小板に有意な変化は認めなかった。
【考察】
若年健常者において,42℃温水頸下浸水により血中BDNFが増加した。今回ヘマトクリット値に変化がなかったため,温熱負荷による血液濃縮の影響を受けていないと考えられる。BDNFは運動により増加するが,中枢温の上昇を伴うと,さらに増加することが報告されている。しかし,中枢温の上昇そのものがBDNF上昇を惹起する報告はこれまでにない。今回の研究では,被験者は安静座位を保ったため,中枢温の上昇が血中BDNFを増加させる因子であると考えられる。コルチゾールは,BDNFの発現を抑制させるという報告がある。今回,コルチゾールの低下とBDNFの上昇が浸水直後に認められたため,コルチゾールの低下がBDNFの増加に寄与した可能性がある。血中BDNFの90%以上は血小板内に蓄えられ,血小板の活性化や凝固の過程で放出される。また,BDNFは単球の活性化により合成されるという報告がある。しかし,今回,血小板数と単球数に変化は認められなかったため,血中BDNFの増加は血小板からの放出や単球由来ではないと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
若年健常者において,42℃温水に20分間の頸下浸水は血中BDNFを上昇させる。温浴が脳障害や認知症,代謝性疾患の治療応用が期待できる結果となった。