第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述24

運動生理学2

Fri. Jun 5, 2015 3:00 PM - 4:00 PM 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:坂野裕洋(日本福祉大学 健康科学部)

[O-0187] 頚髄損傷者および脊髄損傷者における暑熱負荷時の循環応答

木下利喜生1, 中村健1, 芝崎学2, 西村行秀1, 森木貴司1, 橋崎孝賢1, 上西啓裕1, 児嶋大介1, 田島文博1 (1.公立大学法人和歌山県立医科大学附属病院, 2.国立大学法人奈良女子大学)

Keywords:循環応答, 皮膚交感神経, 心臓交感神経

【はじめに,目的】
リハビリテーションの課題の1つに,社会復帰を果たした障害者の健康維持増進があげられる。生活習慣病対策には身体活動量・運動量を確保するための運動習慣獲得が重要である。車いすを用いた障害者では日頃の運動量が少ないため,我々は障害者のスポーツ参加を推進している。体育館や競技場などは環境温度の設定が困難であり,夏場などでは強い暑熱環境下に曝される事になる。障害者特有のリスクを把握するために,温度や湿度のような環境条件の違いによる身体への影響を理解しておく事が重要である。
これまで健常者や高齢者を対象とした暑熱負荷時の循環応答に関する報告は散見されるが,脊髄損傷者や頚髄損傷者を比較した報告はない。今回,脊髄損傷者,頚髄損傷者を対象に水循環スーツを使用した暑熱負荷時の血圧,心拍出量,一回心拍出量,心拍数の測定を行い,健常者と比較する事で若干の知見を得たので報告する。
【方法】
被検者は健常男性10名,脊髄損傷者9名(障害高位Th5からL1,ASIA-A),頚髄損傷者9名(障害高位C5からC8,ASIA-A)。
プロトコールは実験室に到着後,被検者は深部体温である食道温の測定センサーを経鼻的に挿入し,心電図電極を貼付した後,33℃の温水を循環した水循環スーツを着用した。背臥位で30分以上の安静をとってから安静時測定を行い,ついで暑熱負荷として50℃の温水を循環し,深部体温が1℃上昇した時点で再度測定を行った。
測定項目は血圧,心拍出量,一回心拍出量,心拍数とし,血圧は聴診法および連続血圧計Portapres(Finapres Medical Systems),心拍数はベッドサイドモニターBSM-2401(NIHON KOUDEN),心拍出量は呼気ガス分析装置ARCO-2000(ARCO SYSTEM)を用いてリブリージング法で測定した。一回心拍出量は心拍出量を心拍数で除して算出し,血圧については平均血圧を使用した。また各項目の暑熱負荷前後の変化量は⊿値で評価した。
統計は3群間の比較にはANOVAを行いpost hoc testとしてTukey-Kramerを用いた。また各群の暑熱負荷前後の比較にはT-testを行った。
【結果】
平均血圧は,安静時において3群間に有意差はなく,頚髄損傷者のみ暑熱負荷で有意に上昇した。心拍出量は,安静時において頚髄損傷者が健常者より有意に低く,暑熱負荷により3群とも有意に上昇した。また暑熱負荷による心拍出量の上昇は健常者より頚髄損傷者が低く,抑制されていた。一回心拍出量は安静時において3群間に差はなく,暑熱負荷による変化も認めなかった。心拍数は,安静時において3群間に有意差はなく,暑熱負荷により3群とも有意に上昇した。また暑熱負荷による上昇は脊髄損傷者,頚髄損傷者ともに健常者よりも抑制されていた。
【考察】
人が暑熱ストレスに暴露されると,深部体温の上昇に伴って交感神経活動は上昇し,迷走神経反射は減少するため心拍数は増加する。熱放散のために皮膚血管が能動的に拡張し,総末梢血管抵抗は低下し,静脈還流量も減少する。しかし一回心拍出量は交感神経亢進による心収縮力増加によって維持されるため心拍出量は増加する。このため,健常者では血圧は維持されると考えられている。
今回,交感神経系に障害を有する脊髄,頚髄損傷者においても健常者と同様,暑熱負荷後に心拍出量,心拍数は有意に上昇し,一回心拍出量は維持される事が分かった。心拍数上昇量が健常者よりも低かったのは,脊髄損傷者では皮膚交感神経障害により発汗だけでなく,皮膚血流にも障害が生じる事が分かっており,健常者よりも皮膚血管拡張による総末梢血管抵抗の低下が軽度で,血圧維持のために圧受容器反射が作用し,心拍数が上昇しにくかった可能性がある。また頚髄損傷者では皮膚交感神経だけでなく,心臓交感神経障害により心収縮力は増大できず,心拍数上昇応答は迷走神経活動の抑制に依存するため,健常者に比べ心拍数上昇反応が低く,心拍出量の増加量も少なかったと考えられる。
しかし,心拍出量の増加量が少なかったにも関わらず血圧の明らかな上昇反応を認めた。頚髄損傷者では交感神経障害により臓器などの血流量低下もほとんどないと思われるが,健常者のような暑熱暴露による総末梢血管抵抗を大きく低下させる能動的な皮膚血管の拡張が生じず,さらに総血管床の低下などによって,僅かな心拍出量の上昇でも血圧上昇を引き起こした可能性が考えられる。それに加え暑熱負荷時においても血圧変動は圧受容器反射によって制御されるが,交感神経障害がこれらに影響した可能性も考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
今回の結果,心臓交感神経に障害を有しない脊髄損傷者であっても循環応答に少なからず影響を及ぼす事が分かった。また暑熱環境下の頚髄損傷者は血圧上昇にも留意する必要性が示唆された。