第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述26

予防理学療法5

2015年6月5日(金) 15:00 〜 16:00 第10会場 (ガラス棟 G602)

座長:島田裕之(国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター生活機能賦活研究部)

[O-0197] 軽度認知障害と転倒経験が15か月後の転倒恐怖感の新規発生リスクに及ぼす相乗効果

―前向きコホート研究―

上村一貴1,2, 島田裕之3, 牧迫飛雄馬3, 土井剛彦3, 堤本広大3, 李相侖3, 梅垣宏行2, 葛谷雅文1,2, 鈴木隆雄4 (1.名古屋大学未来社会創造機構, 2.名古屋大学大学院医学系研究科地域在宅医療学・老年科学, 3.国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター生活機能賦活研究部, 4.国立長寿医療研究センター研究所)

キーワード:転倒恐怖感, 認知機能, 転倒

【はじめに,目的】
アルツハイマー型認知症の前駆段階とされる軽度認知障害(mild cognitive impairment;MCI)は,認知症への移行リスクが高いだけでなく,転倒発生の独立した危険因子となることも報告されている。一方で,転倒恐怖感は,生活機能・QOLの低下を惹起し,活動制限による機能低下の悪循環を生じる点で転倒そのものよりも問題になりうるとされている。MCIでは不安に代表される行動・心理症状をきたしやすいことから,転倒に対する恐怖を有しやすいと予想され,とりわけ転倒を経験した場合には,相乗的に転倒恐怖感の発生リスクを高める可能性が考えられた。しかし,転倒恐怖感とMCIの関連性を検討した報告は存在しない。本研究では,関連因子の横断的検討に留まっていた多くの先行研究とは異なり,もともと転倒恐怖感を有さない高齢者のみを対象として,一定期間後の転倒恐怖感の新規発生リスクに影響を及ぼす因子の検討を行った。本研究の目的は,転倒恐怖感の新規発生に,MCIと転倒発生が及ぼす影響とその相乗効果を明らかにすることである。
【方法】
対象は2011年8月~2012年2月に実施された機能健診に参加した65歳以上の地域在住高齢者5,104名のうち,認知症の診断およびMini-Mental State Examinationで23点以下の全般的認知機能障害がなく,日常生活が自立しており,ベースラインの時点で転倒恐怖感を有さないものとし,約15か月後の追跡調査に回答の得られた1,781名を最終的な分析対象とした。転倒恐怖感はベースラインと15か月後に,4件法により聴取し,「全く怖くない」,「やや怖い」を転倒恐怖あり,「怖くない」,「全く怖くない」を転倒恐怖なしと判定した。認知機能はタッチパネル式タブレットPCにより,検査ツール(NCGG-FAT)を用いて,記憶,注意,遂行機能,情報処理,視空間認知の5つのドメインで評価し,同年代に比較して1.5SD以上の低下を基準値としてMCIを判定した。また,服薬数,主観的健康観,歩行補助具の使用の有無を調査し,抑うつ症状の評価としてGeriatric Depression Scale(GDS),運動機能評価として歩行速度,Timed Up & Go test(TUG)の測定を行った。追跡調査では,15か月間における転倒経験の有無についても調査した。統計解析として,15か月後の転倒恐怖感の新規発生の有無によりグループ分けし,対応のないt検定およびx2検定により各測定項目の群間比較を行った。また,転倒恐怖感の新規発生の有無を従属変数,その他の測定項目を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析を行った。さらに,MCIと15ヶ月間における転倒経験の2つの要因の組み合わせにより4群に分類した場合の,各群の転倒恐怖感の発生に対するオッズ比(OR)を,両方の因子を有さない場合(認知健常/非転倒経験者)を参照値として算出した。
【結果】
転倒恐怖感発生群では,女性,MCI,15ヵ月間における転倒経験者,歩行補助具の使用の割合が高く,年齢,GDSが高く,主観的健康観が低く,歩行速度,TUGが遅かった(p<0.01)。多重ロジスティック回帰分析の結果,有意となったのは,年齢(OR[95%CI]=1.1[1.02-1.07]),性別(0.3[0.25-0.41]),MCI(1.4[1.03-1.81]),転倒経験(2.9[2.23-4.07]),主観的健康観(1.2[1.01-1.17]),GDS(OR=1.1[1.06-1.17]),歩行速度(OR=0.2[0.01-0.37])であった。また,MCIと転倒経験の有無により分類した場合の各群の転倒恐怖感の発生に対するオッズ比は,MCI/転倒経験者(7.4[4.06-13.3]),MCI/非転倒経験者(1.2[0.86-1.62]),認知健常/転倒経験者(2.4[1.69-3.39])であった。
【考察】
MCIは,運動機能や転倒経験とは独立して,15か月の期間における転倒恐怖感の新規発生に関連していた。さらに,MCIと転倒経験は相乗的な作用を有し,両者が組み合わさることで,7.4倍転倒恐怖感の発生リスクが高まることを示した。MCIでは転倒そのもののリスクに加えて,転倒後症候群としての転倒恐怖感が生じやすいことから,活動の制約に伴う機能低下の悪循環を防止するため,不安や自己効力感など心理面の評価や介入が特に重要な集団であることが考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
近年,理学療法の対象は,身体機能だけでなく,認知・心理面に範囲を広げている。本研究は,MCIと転倒恐怖感の関係性を縦断研究により明らかにし,老年症候群のリスク把握のために重要な知見を示した点で,予防的理学療法アプローチの構築に寄与するものと考える。