第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述38

大腿骨頚部骨折・その他

Fri. Jun 5, 2015 5:30 PM - 6:30 PM 第11会場 (ガラス棟 G610)

座長:具志堅敏(文京学院大学 保健医療技術学部)

[O-0284] 術前牽引期間が術後歩行能力に与える影響

~大腿骨転子部骨折症例を対象として~

森雅裕, 田中健太郎, 川渕正敬, 前田秀博, 國澤雅裕 (社会医療法人近森会近森病院)

Keywords:転子部骨折, 牽引期間, 歩行能力

【はじめに】

大腿骨頸部骨折は高齢者に特徴的な骨折であり,中でも大腿骨転子部骨折は加齢による骨密度の減少に伴い,70歳代半ば以降から圧倒的に多くなると言われている。先行研究によると,転子部骨折患者の移動能力を含めた術後ADLは,年齢や術前歩行能力,認知症の有無によって左右されることが報告されている。当院は救命救急センターを主とした急性期病院であり,年間約100例の転子部骨折症例に対して術前あるいは術後早期より理学療法士が関わっている。転子部骨折では,生命予後や機能予後において手術療法の成績が保存療法の成績を上回るため,手術療法を選択される場合が多く,整復や種々の理由により手術までの待機期間を患肢牽引にて過ごすことが多い。牽引は,強制的にベッド上での生活を強いられるため,骨折による組織損傷に加え,身体的・精神的ストレスを生じ,術後の身体状況に何らかの影響を及ぼすのではないかと考えた。

そこで今回,我々は転子部骨折患者を対象とし,術前牽引期間が術後の歩行能力に与える影響を検討したので報告する。
【対象および方法】

対象は,2013年4月1日から2014年3月31日の1年間に転子部骨折を受傷し,当院整形外科にて手術を施行された例の内,歩行補助具の有無を問わず受傷前歩行が自立,術式がCHS(Compression hip screw)もしくは髄内釘で術後の免荷制限がなく早期に荷重歩行を開始した者とした。除外基準は,整形外科以外の問題により,プログラム遂行に制限が生じた例とした。方法は,診療記録を後方視的に患者基本属性,骨折型(AO分類),術式,術前歩行能力,術後1週間毎の歩行能力,術後離床開始期(車椅子乗車)を調査し術前牽引期間との関連を検討した。歩行能力については,独歩5点,杖歩行4点,歩行器歩行3点,平行棒内歩行2点,車椅子1点とスコア化した。

統計は統計解析ソフトSPSS(statistics19)を使用し,Spearmanの順位相関係数を用い,有意確立5%未満で検討をおこなった。
【結果】

前記の条件を全て満たす26症例の基本属性は,男性5例,女性21例,平均年齢82.8±8.3歳,受傷前歩行能力は独歩11例,杖歩行12例,歩行器歩行3例であった。骨損傷の重症度(AO分類)はA1:8例,A2:6例,A3:1例であり,全例転倒を受傷機転とする例であった。術式はCHS:10例,髄内釘:5例,平均牽引期間は3.3±1.7日で全例直達牽引例であった。術後離床開始期は平均1.8±0.9日であった。

牽引期間と年齢(ρ=0.114,p=0.578),牽引期間とAO分類による骨損傷の重症度(ρ=0.174,p=0.394)には相関を認めなかった。これは,術前の患者状態によって牽引期間が決定されてはいないことを意味している。

牽引期間と術後歩行能力について検討した結果,術後1週目(ρ=-0.434,p=0.027)(26例),術後2週目(ρ=-0.146,p=0.589)(16例),術後3週目(ρ=-0.272,p=0.446)(10例)であり,術後1週目において相関を認めた。つまり,牽引期間が長い例ほど術前の廃用症候群進行のリスクがあると考えられる。
【考察】

術前牽引の目的は骨折部の整復,良肢位を保つことで痛みを軽減することにある。転子部骨折においては,特に術前の整復の意味が強く,臨床的に骨折に伴う痛みが強いのも特徴である。今回の結果より,術前牽引期間は年齢や骨損傷の重症度によって決定されてはおらず,術前牽引期間は術後1週目の歩行能力に影響することが示された。これは,骨折に伴う生体炎症性反応や術前牽引中の身体的・精神的ストレスが,術後早期の歩行能力獲得に影響を及ぼした可能性もあり,今後は。牽引期間中のストレスに関する検討も必要と考える。また,術前牽引期間中に起こりうる廃用症候群を最小限にとどめる術前の理学療法を考えていく必要があると思われた。
【理学療法学研究としての意義】

転子部骨折の機能予後には受傷前の歩行能力,年齢,認知症などが影響すると報告されていたが,今回の研究にて,術後早期少なくとも術後1週程度は,術前の待機期間との関連性が示唆された。よって,今後の牽引期間中の理学療法介入方法を見直すきっかけとなるものと考える。