第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述40

運動制御・運動学習3

2015年6月5日(金) 18:40 〜 19:40 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:谷浩明(国際医療福祉大学 小田原保健医療学部 理学療法学科)

[O-0309] 筋紡錘からの求心性入力と視覚入力の統合によって誘起される自己運動錯覚

柴田恵理子1, 金子文成1, 高橋良輔2 (1.札幌医科大学理学療法学第二講座, 2.札幌医科大学大学院保健医療学研究科)

キーワード:自己運動錯覚, 視覚入力, 体性感覚入力

【はじめに,目的】
我々は,現実には運動をしていないにも関わらず,体性感覚や視覚からの入力によってあたかも自己の四肢が運動しているように錯覚することを自己運動錯覚と定義している。筋腱に対して適切な周波数で振動刺激を行うと,刺激された筋のIa群線維が発射し,実際には関節運動が生じていないにも関わらず,あたかも刺激された筋が伸張する方向への自己運動錯覚を生じる。Collinsらは振動刺激を用いて手指屈曲運動の錯覚を誘起させ,同時に手背部の皮膚を伸張するような触覚刺激を付与すると,振動刺激単独の場合と比較して知覚する関節角度が増大することを報告した(J Physiol, 1996)。またHaguraらは,手関節背屈筋への振動刺激による手関節掌屈運動の錯覚中,ヘッドマウントディスプレイに手関節掌背屈運動の動画を提示すると,動画の運動速度に応じて知覚する運動の範囲が変化することを報告した(Cereb Cortex, 2009)。以上より,筋紡錘からの求心性入力によって誘起される自己運動錯覚は,触覚や視覚といった異なる感覚入力と統合されることによって変化するといえる。一方,我々はこれまで視覚誘導性の自己運動錯覚について生理学的影響を検証してきた。この方法では現実の四肢と空間的に一致した位置に身体運動の動画を提示することにより視覚入力単独で自己運動錯覚を誘起することができる。本研究では,筋紡錘からの求心性入力と視覚入力のどちらが優位に自己運動錯覚の強さに寄与するかを明らかにするため,第一段階として単独でも自己運動錯覚を誘起するような複数の感覚入力が同時に生じた際に生じる自己運動錯覚の変化について検証した。
【方法】
対象は健康な右利きの成人7名とした。実験課題として複数の周波数で振動刺激を行い,同時に前腕上に設置したモニタに手関節掌屈運動の動画を提示し,観察させた。そして振動刺激中に知覚した関節運動を非刺激側で再現させた。振動刺激の刺激部位は右手関節の背屈筋とし,周波数は40Hz,60Hz,80Hzを用いた。次に手関節背屈筋に60Hzで振動刺激を行った際に知覚した運動を右側で再現させ,手の直上から撮影した。撮影した手関節掌屈運動の動画を視覚入力として用い,振動刺激が開始するタイミングと動画の運動が開始するタイミングを同期させてモニタ上に提示した。実験条件として,3段階の周波数での振動刺激中に動画を提示する条件としない条件の合計6条件を設定し,5試技ずつ実施した。振動刺激中に知覚した関節運動を非刺激側で再現させ,電気ゴニオメーターで再現中の手関節角度を記録した。得られたデータから角速度を算出し,各条件で最大値と最小値の試技を除外した3試技の平均値を個人データとした。統計学的解析として,周波数と動画提示の有無を要因とした二元配置分散分析を実施した。有意な交互作用があった場合,多重比較として単純主効果の検定を行った(p<0.05)。
【結果】
背屈筋に振動刺激を行うと,全ての被験者は掌屈運動を知覚した。動画を提示しない条件では周波数が増大すると,知覚する運動の角速度も増大した。そして,動画を提示しない条件と比較して動画を提示した条件では,40Hzで振動刺激した場合に知覚した運動の角速度が低下した。二元配置分散分析の結果,周波数に有意な主効果があり(F=12.708,p=0.008),周波数と動画提示の有無に有意な交互作用があった(F=4.178,p=0.042)。
【考察】
振動刺激の周波数とIa群線維の発射頻度は正の比例関係にあり,Ia群線維の発射頻度の増加に伴い,知覚する運動の角速度が増大する。本研究では,周波数に依存して知覚する運動の角速度が増大したことから,適切な位置に振動刺激を行うことができていたといえる。そして,40Hzで振動刺激をした場合,つまり提示した動画の運動速度よりも遅い運動を知覚する条件では,視覚刺激を付与することによって知覚する運動の角速度が増大した。このことから,筋紡錘からの求心性入力と異なる視覚入力が生じた場合には,それらが統合され,それぞれ単独で生じた場合とは異なる角速度の運動を知覚することが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
近年,脳卒中片麻痺症例に対して視覚誘導性自己運動錯覚を用いた治療介入を行うことにより,自動運動可動域の拡大といったような急性効果を誘導できることが報告された。本研究は,感覚入力による自己運動錯覚の生成機構を解明するための一助となる基礎的研究であり,自己運動錯覚を用いた治療介入の臨床応用を進めるための機序の説明として必要不可欠な研究である。