[O-0335] 脳卒中後片麻痺者における歩行時の皮質脊髄路の関与と機能指標との関連
筋電図間コヒーレンスによる検討
キーワード:脳卒中, 歩行, コヒーレンス
【はじめに,目的】
歩行時に運動野などの大脳皮質が活動していることから,歩行制御に対する皮質や皮質脊髄路の関与が注目されている。そのため,脳卒中後片麻痺者において歩行時の皮質脊髄路の関与を検討することは,歩行機能向上に向けた神経学的背景を考察する上で重要であると考えられる。近年,周波数解析を用いて2つの波形の関連性を検討するコヒーレンス解析により,筋活動に対する皮質脊髄路の入力の程度を検討出来ることが報告されている。単関節収縮時の筋電図間コヒーレンス解析の結果,Beta帯域(13-30Hz)のコヒーレンスは運動野からの皮質脊髄路の入力を反映することが示されている。しかし,歩行時のBeta帯域の前脛骨筋の筋電図間コヒーレンスは脊髄損傷や脳卒中後の患者で減少することが報告されており,歩行時の皮質脊髄路の関与の低下を示唆している。一方,健常者の歩行時では見られない主動作筋-拮抗筋間コヒーレンスは,歩行を獲得した脊髄損傷患者において高く見られることが報告されており,代償的な戦略を用いた歩行再獲得の結果であることが推察される。しかし,歩行時の筋電図間コヒーレンスと関連する指標については報告が少なく,歩行時の皮質脊髄路の関与の大きさと脳卒中後片麻痺者の機能的特徴の関係は不明確である。本研究の目的は,脳卒中後片麻痺者における歩行時の筋電図間コヒーレンスと機能指標との関連を明らかにすることとした。
【方法】
対象は地域在住の慢性期脳卒中後片麻痺者10名(年齢59.8±12.6歳,男性7名,女性3名,発症後年数5.8±1.9年,下肢Brunnstrom recovery stage III4名,IV2名,V4名)とした。測定課題は各対象者に10m歩行路を疲労が生じないように休憩を挟みながら5往復前後歩行させた。Noraxon社製Telemyo DTSを用いて,麻痺側・非麻痺側の近位・遠位前脛骨筋,外側・内側腓腹筋の計8ヶ所の表面筋電図測定を行った。両側の踵部の加速度計により初期接地を同定し,解析には平均76.6±2.7歩行周期を使用した。筋電図間コヒーレンスは麻痺側・非麻痺側それぞれにおいて,近位-遠位前脛骨筋間(TA-TA),外側-内側腓腹筋間(LG-MG),近位前脛骨筋-外側腓腹筋間(TA-LG)で算出した。コヒーレンスと機能指標との関連を検討するために,各筋電図間コヒーレンスのBeta帯域(13-30Hz)のArea of coherence(曲線下面積)を算出した。機能指標として10m歩行速度,歩行周期時間変動係数,麻痺側下肢Brunnstrome recovery stage,麻痺側足関節底屈筋のmodified Ashworth scale,麻痺側足底面の表在感覚,麻痺側母趾の運動覚,麻痺側足関節背屈・底屈筋力を測定した。統計処理は,麻痺側と非麻痺側における各筋電図間コヒーレンスの大きさをχ2 extended differenceを用いて比較した。また,各コヒーレンスと機能指標との関連をSpearmanの順位相関係数を用いて検討した。
【結果】
麻痺側ではBeta帯域のTA-TAコヒーレンスとLG-MGコヒーレンスが非麻痺側と比較して有意に減少していたが(p<0.05),TA-LGコヒーレンスの大きさには有意な差は得られなかった。しかし,麻痺側・非麻痺側ともにBeta帯域のTA-TAコヒーレンスとLG-MGコヒーレンスは機能指標とは有意な関連を示さなかった。一方,麻痺側のBeta帯域TA-LGコヒーレンスは麻痺側足関節背屈筋力と底屈筋力との間にそれぞれ有意な負の相関を示し(p<0.05),麻痺側のTA-LGコヒーレンスが増加している者ほど麻痺側足関節筋力が低下していた。
【考察】
脳卒中後片麻痺者における先行研究では,非麻痺側に比べて麻痺側のTA-TAコヒーレンスが10-25Hz帯域で低下していることが報告されている。本研究の結果,健常者の歩行時に見られるBeta帯域のTA-TAコヒーレンスとLG-MGコヒーレンスが麻痺側で低下していたことは先行研究の結果を支持するものとなった。しかし,この健常者でも見られるコヒーレンスの大きさは機能指標とは有意な関連を示さなかった。一方,健常者では見られない歩行時のTA-LGコヒーレンスは麻痺側足関節背屈・底屈筋力と有意な負の相関を示した。つまり,麻痺側の筋力低下が大きい脳卒中後片麻痺者ほど歩行時に主動作筋と拮抗筋を同時に活動させる代償的な皮質脊髄路の経路を使用していることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果,歩行時の筋活動に対する代償的なパターンによる皮質脊髄路の関与が大きい脳卒中後片麻痺者では麻痺側の足関節筋力が低下していることが示され,脳卒中後片麻痺者の歩行機能向上に向けた回復と代償の神経学的背景の考察に重要な知見が得られた。
歩行時に運動野などの大脳皮質が活動していることから,歩行制御に対する皮質や皮質脊髄路の関与が注目されている。そのため,脳卒中後片麻痺者において歩行時の皮質脊髄路の関与を検討することは,歩行機能向上に向けた神経学的背景を考察する上で重要であると考えられる。近年,周波数解析を用いて2つの波形の関連性を検討するコヒーレンス解析により,筋活動に対する皮質脊髄路の入力の程度を検討出来ることが報告されている。単関節収縮時の筋電図間コヒーレンス解析の結果,Beta帯域(13-30Hz)のコヒーレンスは運動野からの皮質脊髄路の入力を反映することが示されている。しかし,歩行時のBeta帯域の前脛骨筋の筋電図間コヒーレンスは脊髄損傷や脳卒中後の患者で減少することが報告されており,歩行時の皮質脊髄路の関与の低下を示唆している。一方,健常者の歩行時では見られない主動作筋-拮抗筋間コヒーレンスは,歩行を獲得した脊髄損傷患者において高く見られることが報告されており,代償的な戦略を用いた歩行再獲得の結果であることが推察される。しかし,歩行時の筋電図間コヒーレンスと関連する指標については報告が少なく,歩行時の皮質脊髄路の関与の大きさと脳卒中後片麻痺者の機能的特徴の関係は不明確である。本研究の目的は,脳卒中後片麻痺者における歩行時の筋電図間コヒーレンスと機能指標との関連を明らかにすることとした。
【方法】
対象は地域在住の慢性期脳卒中後片麻痺者10名(年齢59.8±12.6歳,男性7名,女性3名,発症後年数5.8±1.9年,下肢Brunnstrom recovery stage III4名,IV2名,V4名)とした。測定課題は各対象者に10m歩行路を疲労が生じないように休憩を挟みながら5往復前後歩行させた。Noraxon社製Telemyo DTSを用いて,麻痺側・非麻痺側の近位・遠位前脛骨筋,外側・内側腓腹筋の計8ヶ所の表面筋電図測定を行った。両側の踵部の加速度計により初期接地を同定し,解析には平均76.6±2.7歩行周期を使用した。筋電図間コヒーレンスは麻痺側・非麻痺側それぞれにおいて,近位-遠位前脛骨筋間(TA-TA),外側-内側腓腹筋間(LG-MG),近位前脛骨筋-外側腓腹筋間(TA-LG)で算出した。コヒーレンスと機能指標との関連を検討するために,各筋電図間コヒーレンスのBeta帯域(13-30Hz)のArea of coherence(曲線下面積)を算出した。機能指標として10m歩行速度,歩行周期時間変動係数,麻痺側下肢Brunnstrome recovery stage,麻痺側足関節底屈筋のmodified Ashworth scale,麻痺側足底面の表在感覚,麻痺側母趾の運動覚,麻痺側足関節背屈・底屈筋力を測定した。統計処理は,麻痺側と非麻痺側における各筋電図間コヒーレンスの大きさをχ2 extended differenceを用いて比較した。また,各コヒーレンスと機能指標との関連をSpearmanの順位相関係数を用いて検討した。
【結果】
麻痺側ではBeta帯域のTA-TAコヒーレンスとLG-MGコヒーレンスが非麻痺側と比較して有意に減少していたが(p<0.05),TA-LGコヒーレンスの大きさには有意な差は得られなかった。しかし,麻痺側・非麻痺側ともにBeta帯域のTA-TAコヒーレンスとLG-MGコヒーレンスは機能指標とは有意な関連を示さなかった。一方,麻痺側のBeta帯域TA-LGコヒーレンスは麻痺側足関節背屈筋力と底屈筋力との間にそれぞれ有意な負の相関を示し(p<0.05),麻痺側のTA-LGコヒーレンスが増加している者ほど麻痺側足関節筋力が低下していた。
【考察】
脳卒中後片麻痺者における先行研究では,非麻痺側に比べて麻痺側のTA-TAコヒーレンスが10-25Hz帯域で低下していることが報告されている。本研究の結果,健常者の歩行時に見られるBeta帯域のTA-TAコヒーレンスとLG-MGコヒーレンスが麻痺側で低下していたことは先行研究の結果を支持するものとなった。しかし,この健常者でも見られるコヒーレンスの大きさは機能指標とは有意な関連を示さなかった。一方,健常者では見られない歩行時のTA-LGコヒーレンスは麻痺側足関節背屈・底屈筋力と有意な負の相関を示した。つまり,麻痺側の筋力低下が大きい脳卒中後片麻痺者ほど歩行時に主動作筋と拮抗筋を同時に活動させる代償的な皮質脊髄路の経路を使用していることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果,歩行時の筋活動に対する代償的なパターンによる皮質脊髄路の関与が大きい脳卒中後片麻痺者では麻痺側の足関節筋力が低下していることが示され,脳卒中後片麻痺者の歩行機能向上に向けた回復と代償の神経学的背景の考察に重要な知見が得られた。