第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述64

地域理学療法5

Sat. Jun 6, 2015 1:50 PM - 2:50 PM 第10会場 (ガラス棟 G602)

座長:井口茂(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 保健学専攻)

[O-0485] チェンソーの使用は立位バランス能力に影響を及ぼすか

大島祥央1, 浦辺幸夫2, 前田慶明2, 河原大陸2, 岩田昌2 (1.広島大学医学部保健学科, 2.広島大学大学院医歯薬保健学研究科)

Keywords:チェンソー, 重心動揺, 転倒予防

【はじめに,目的】

林業での労働災害は山林移動中の転倒が10%を占めており,飛来・落下(24%),伐倒木の激突災害(20%)などに次いで多い(長野労働局2013)。山林での転倒は死傷災害を生じるため,転倒予防の対策が重要である。林業では,伐倒の際にチェンソーが使用されるが,振動刺激や騒音といった問題がある。田中ら(2004)は,手腕振動暴露者や強大音刺激の暴露者はバランス能力が低下すると述べているが,チェンソーの使用自体が立位バランス能力に及ぼす影響を確かめた研究はみあたらない。

本研究の目的は,チェンソー使用前後で立位バランス能力にどのような影響を及ぼすのかを明らかにし,林業従事者への転倒予防対策の一助とすることである。仮説はチェンソー使用後に立位バランス能力が低下するとした。
【方法】

対象は健常成人男性6名(平均年齢±SD 21.2±0.2歳,平均身長±SD 173.7±3.0cm,平均体重±SD 67.5±4.1kg,平均BMI±SD 22.3±0.7kg/m2)とした。立位バランス能力の測定は,重心動揺計UM-BAR(ユニメック社製)を用いた。測定項目は単位軌跡長(mm/s)とした。測定肢位は安静立位であり,測定時間は20秒とした。今回,支持基底面内に身体の重心を保持する能力を示す姿勢安定性の静的バランス評価指標として有用とされるIndex of Postural Stability(IPS)を使用した。IPSの測定では前方,後方,右方,左方に重心を最大移動させた立位を各10秒間保持させた。全ての条件で閉眼,閉足位とした。対象の安全性を考慮し,防刃服とヘルメットを着用させた。使用したチェンソーはHusqvarna社製550xpで総重量10kgであった。

測定プロトコルは,安静時の重心動揺を測定した後にエンジンを駆動したチェンソーを立位で臍部の高さに100秒間把持し,チェンソー使用直後,5分後,10分後,15分後に重心動揺を測定した。チェンソーの回転数は回転計PET-302Rで測定し7000rpmとした。騒音レベルは騒音計Sound Meterで測定し,85dBであった。計測したデータをもとに単位軌跡長とIPSを算出し,チェンソー使用直後,5分後,10分後,15分後の安静時に対する変化率を求めた。

統計学的解析はエクセルアドインソフト,統計ソフトRを用いた。単位軌跡長とIPSの変化量の比較に一元配置分散分析を行い,有意差が得られた項目でTukeyの多重比較検定を用いた。危険率5%未満を有意とした。
【結果】

単位軌跡長は,安静時37.4±2.1mm/s,直後42.4±3.2mm/s,5分後38.4±1.7mm/s,10分後38.4±2.3mm/s,15分後37.5±1.6mm/sであり,安静時との変化率は,直後で13.1%,5分後で3.2%,10分後で3.5%,15分後で0.8%であった。安静時とチェンソー使用直後の変化量が有意に増加した(p<0.01)。5分後以降は減少傾向を示し,安静時に近づいていった。

IPSは,安静時0.97±0.04,直後0.96±0.11,5分後0.95±0.09,10分後0.85±0.31,15分後0.87±0.10であり,安静時との変化率は,直後で-1.9%,5分後で0.26%,10分後で-10.35%,15分後で-7.34%であった。いずれも有意差は認めなかった。
【考察】

本研究では,安静時に比べてチェンソー使用直後に単位軌跡長が増大した。今回は1本の木を伐倒する時間とされる100秒を設定したが,この時間でもバランス能力に影響することが確かめられた。実際には伐倒は1日に何本も繰り返されるため,チェンソーの保持時間が延長し,バランス能力はさらに低下し,かつ長時間持続すると考えられる。チェンソーの使用で生じる騒音,振動刺激は内耳,前庭系への影響を及ぼすとの報告や(田中ら2004,柴田ら2009),前庭機能障害で単位軌跡長が増大するという報告がある(安田1999)。このことから,チェンソー使用直後では,内耳や前庭機能に影響を及ぼし,このことが単位軌跡長を増大させたと考える。本研究ではIPSの変化量に差はなかった。今回はチェンソーの振動伝達力が身体に最大に加わるとされる7000rpmで使用したが,騒音レベルは85dBに抑えられていた。これは強大音刺激105dBより低値であったため(柴田ら2009),IPSに影響がなかった可能性がある。今後,チェンソー作業強度をあげ,さらに実際の林業従事者に対して検討を行いたい。
【理学療法学研究としての意義】

本研究で,チェンソーの使用により直後に単位軌跡長が有意に増大し,立位バランス能力の低下が認められた。このことから,チェンソー使用直後の山林の移動は危険性があると考えられた。本研究結果は,林業での転倒予防対策を検討する際の一助となると考える。