第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述76

脳損傷理学療法9

Sat. Jun 6, 2015 5:30 PM - 6:30 PM 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:松尾篤(畿央大学 健康科学部理学療法学科)

[O-0572] 小脳出血によりlateropulsion様の現象を呈した2症例

―垂直軸認知の障害特性と治療に対する反応性―

高橋洋介1, 藤野雄次1, 播本真美子1, 深田和浩1, 高石真二郎1, 牧田茂2, 高橋秀寿2, 網本和3 (1.埼玉医科大学国際医療センターリハビリテーションセンター, 2.埼玉医科大学国際医療センターリハビリテーション科, 3.首都大学東京大学院)

Keywords:小脳, lateropulsion, 垂直軸認知

【はじめに】lateropulsion(以下LP)は,脳血管障害後に身体が損傷側に傾斜し,なおかつ傾斜に対して無自覚である現象であり,適切な評価と治療が求められる。LPには自覚的身体垂直軸認知(Subjective Postural Vertical:以下SPV)や,自覚的視覚垂直軸認知(Subjective Visual Vertical:以下SVV)の障害の関与が知られており,これら認知的側面は,脳損傷例における身体傾斜の要因とされている。LPと同様,身体の傾斜を特徴とするPusher現象:以下PSは,中大脳動脈領域や視床後外側等のテント上の脳損傷に起因し,LPはテント下病変である延髄外側損傷に伴うことが多いとされる。今回,小脳出血後の左上下肢,体幹の失調症状に対する理学療法では動作能力は改善せず,内省の聴取から傾斜に対し無自覚であるという特徴を有し,垂直軸認知の評価に基づく治療が奏功した2症例を経験したので若干の知見を踏まえ報告する。
【方法】対象は左小脳出血患者2例(症例1:50歳代男性,症例2:60歳代女性,両者とも右手利き)とした。症例1は第2病日から理学療法を開始したが,めまいや嘔気の影響で第9病日から基本動作練習を行い,第11病日より歩行練習を実施した。症例2は第3病日の理学療法開始と同時に基本動作練習も行い,第7病日から歩行練習を実施した。2症例とも左上下肢や体幹の失調症状に対する理学療法を継続したが効果を認めず,垂直軸認知の障害が疑われた。そこで後述する方法でSPVとSVVを測定し,垂直性に関する内省も聴取した。垂直軸認知の測定には垂直認知測定機器(Vertical Board:以下VB)を用いた。垂直軸認知の測定は,VBを左右に傾けた位置から検者が反対方向に1.5°/秒の速さで回転させ,対象者が垂直と判断した位置をデジタル角度計から記録した。角度は鉛直位を基準とし非損傷側への偏倚をプラス,損傷側への偏倚をマイナスとした。SPVとSVVはそれぞれ計4回測定し,傾斜方向性と動揺性をそれぞれ平均値と標準偏差から算出した。臨床的指標として,Trunk Control Test:以下TCT,躯幹協調試験(Trunk Ataxic Test:以下TAT)を評価し,その他左上下肢の失調の有無,歩行の自立度も観察した。
【結果】介入前のSPV,SVVは,症例1はそれぞれ-4.4°±1.4,-0.2°±1.4,症例2は6.5°±3.1,4.3°±1.9であり,両者ともSVVと比較しSPVがより偏倚していた。そこで認知的アプローチとしてSVVが保たれていることを考慮し,まずは姿勢鏡により視覚的情報を付与し,認知的な歪みを矯正した。視覚情報により垂直位に修正した状態での体性感覚情報をフィードバックし,SPVの補正も試みた。1週間の介入後,SPV,SVVは症例1で-0.1°±3.1,-0.3°±0.7,症例2で1.5°±1.3,2.5°±2.4となり,自己の垂直性に関する内省は症例1,2共に「身体が傾いていることは分からない」から「まっすぐがわかる」に変化した。介入前後のTCTは,症例1は74から100,症例2は36から61と推移し,TATは症例1ではIIと変わらず,症例2はIVからIIIに変化した。指鼻指試験,踵膝試験による左上下肢の失調症状は,症例1,2共に介入前後で中等度と著変なかった。歩行は症例1では介入前は著明な側方突進により介助を要したが,介入後は独歩が可能となった。症例2では介入前はピックアップウォーカーを用い軽介助を要したが,介入後は見守りレベルとなった。
【考察】今回,小脳出血後にLP様の現象を呈し垂直軸認知の評価,治療を行った結果,動作能力が改善した2症例を経験した。症例1はLPと同様に病巣と同側への側方突進を呈し,LPの生起に関わる脊髄小脳路が障害されたと推察された。一方,症例2はLP様の現象がみられたが病巣と反対側への側方突進であり,その生起メカニズムは症例1とは異なると考えられた。垂直軸認知の病巣に対する偏倚方向は2症例で異なったが,いずれもSVVの偏倚量に対してSPVが著明に偏倚し,垂直軸認知の偏倚方向に傾斜するという特徴を有した。一方,小脳出血後のLP様の現象は,認知的アプローチによって早期に改善が認められた。一般に,PSの改善には中長期的な介入が必要であり,その治療に難渋することも知られている。以上から,小脳出血後のLP様の現象はPSとは異なり治療に対する反応性が高いことが示唆され,早期から垂直性の認知的側面に対する評価と治療が重要であると考えられた。今後は責任病巣等も含め,症例数を重ね検討していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】本研究はLPが小脳損傷でも生じる可能性があり,平衡機能障害のひとつとして垂直軸認知の障害も考慮すべきことを示しており,治療者側の思考過程の一助となることを期待する。