第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述90

脳損傷理学療法13

2015年6月7日(日) 08:30 〜 09:30 第12会場 (ガラス棟 G701)

座長:潮見泰藏(杏林大学 保健学部理学療法学科)

[O-0674] 脳卒中患者の前庭動眼反射に影響を及ぼす歩行様式の検討

光武翼1,2, 中田祐治1, 岡真一郎3, 平田大勝4, 森田義満4, 堀川悦夫5 (1.白石共立病院, 2.佐賀大学大学院医学系研究科, 3.国際医療福祉大学福岡保健医療学部理学療法学科, 4.高木病院, 5.佐賀大学医学部地域医療科学教育研究センター)

キーワード:脳卒中患者, 前庭動眼反射, Dynamic Gait Index

【目的】
姿勢制御における感覚戦略は,視覚,前庭覚,体性感覚からの情報によって構成され,転倒を予防するために重要な役割を担う。感覚戦略の中でも,前庭覚は頭位と身体運動の情報を感知しており,この機能障害は頭部運動中に視力低下を引き起こすと同時に,歩行能力を低下させる(Whitney et al. 2009)。前庭覚の一つの機能として,前庭動眼反射(Vestibulo-ocular reflex;以下VOR)は注視を安定させることに関与し,頭部運動中の鮮明な情景の保持に貢献する。これは脳幹に中枢があり,この領域を障害されることでVORが低下すると推測される。一方,脳卒中患者のVORは安定した視界が確保されている直線歩行より,頭部運動に伴う瞬時の注視を必要とする応用歩行に対して影響することが考えられる。本研究の目的は,脳幹梗塞患者のVORを他の領域の梗塞患者と比較するとともに,脳卒中患者におけるVORが直線歩行や二重課題歩行など異なる歩行様式との関係を明確にすることとした。
【方法】
対象は,当院回復期病棟に入院された脳卒中患者32名(年齢70.2±11.3歳,右麻痺16名,左麻痺16名)とした。すべての対象者は介助なしで歩行可能な者とした。高次脳機能障害や認知機能低下により本研究の理解が得られない者は除外した。運動機能および日常生活能力はFugl-Meyer assessmentの下肢項目が29.5±6.1点,FIMが103.7±6.1点であった。VORの評価にはGaze Stabilization Test(以下GST)を用いた。GSTは対象者が視力表において認識できる最小文字を注視した状態で,頭部を左右方向に連続して動かし,その動作速度の最速値を計測した。計測には小型無線多機能センサTSND121(ATR-Promotions社製)を頭部上に設置することで回転角速度を算出した。歩行能力の評価は10m最速歩行,Timed Up and Go test(以下TUG),Dynamic Gait Index(以下DGI)を行った。統計解析は,放射線科医の診断によって脳卒中の損傷部位が脳幹に生じている患者とその他の梗塞患者のGSTをMann-WhitneyのU検定を用いて比較した。一方,Pearsonの相関係数はGSTと10m最速歩行,TUG,DGIの関係を調査するために行った。さらに,GSTに影響を及ぼす因子を抽出するためにStepwise重回帰分析を行い,GSTの回帰モデルを求めた。有意水準は5%とした。
【結果】
GSTは81.0±25.9deg/secであり,その中でも脳幹梗塞患者11名が64.5±18.9deg/sec,それ以外の梗塞患者21名が89.7±25.2deg/secとなり,脳幹梗塞患者が有意に低下していた(p<0.01)。歩行能力においては,10m最速歩行16.3±15.2秒,TUG19.0±16.0秒,DGI15.1±7.5点であった。GSTと各独立変数の関係について,10m最速歩行(r=-0.53,p<0.001),TUG(r=-0.60,p<0.001),DGI(r=0.76,p<0.001)のすべての歩行評価において有意な相関を示した。Stepwise重回帰分析の結果,GSTに影響する独立変数としてDGIが抽出された(p<0.001)。得られた回帰式は,GST=41.032+2.642×DGIとなり,R=0.76,R2=0.58であった。
【考察】
先行研究では健常高齢者のGSTが147.4deg/sec(Goebel et al. 2007)や124.4deg/sec(Whitney et al. 2009)と報告しており,本研究での脳卒中患者のGSTが低い値を示した。脳卒中患者は感覚戦略において視覚に依存することから相対的に前庭覚の低下を示唆している(Mitsutake et al. 2014)。そのため,脳卒中患者は健常高齢者と比較してVORが低下していると推察された。また,脳幹梗塞患者は他の梗塞患者よりGSTが低下していた。脳幹には中脳の前庭神経核だけでなく小脳の室頂核なども前庭覚に関わる。これらの領域の損傷患者は,galvanic前庭刺激時に,健常高齢者よりも身体動揺が増大する(Marsden et al. 2005)。この結果から,直接的な中脳損傷だけでなく,その周囲の梗塞でも神経ネットワーク障害を引き起こし,VORを低下させる可能性がある。さらに,GSTは各歩行評価と有意な相関関係が認められ,最も影響を及ぼす因子としてDGIが抽出された。DGIは,歩行中に求められる課題に対しての修正能力や適応反応の観察に基づいて評価する方法である。そのため,脳卒中患者のVORが様々な様式での歩行と関係があり,特に,二重課題遂行時の歩行に影響を及ぼすことが考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
脳卒中患者における前庭覚は歩行を制御する上で非常に重要な機能である。その中でもVORは頭部運動中の注視を安定させる働きがあり,この機能低下は転倒の危険因子の一つとして挙げられる可能性がある。本研究は,神経理学療法の評価および治療選択の一助として寄与することを示唆している。