[O-0736] 術前HbA1cは糖尿病を有する心臓外科術後患者の歩行開始時期に関連する
Keywords:HbA1c, 心臓外科手術, 歩行開始遅延
【はじめに,目的】
糖尿病(Diabetes Mellitus:DM)は冠動脈疾患をはじめとした動脈硬化性疾患発症の危険因子であり,DM患者は健常人と比較し心筋梗塞の発症頻度が3倍以上とされる。DMの診断に用いられるヘモグロビンA1c(Hemoglobin A1c:HbA1c)を指標として,DM患者の厳格な血糖コントロールを行った研究では,長期的に大血管障害のリスクや死亡率が低下するとされる一方,死亡率が増加したとの報告もあり,DM患者のHbA1c管理に関しては議論の余地がある。心臓外科術後においては,炎症性サイトカインの血中濃度が上昇し,インスリン抵抗性が増大することで術後高血糖を生じる。心臓外科周術期の高血糖状態が感染症の増加や生命予後の悪化につながるとされており,特に術前HbA1cが7%以上の心臓外科術後患者では,感染症の発生率が増加することが明らかになっている。一方で,術後リハビリテーションにおいては,術後高血糖と炎症性サイトカインが心臓外科術後患者の筋力低下に関連するとの報告があるが,術前HbA1cと術後リハビリテーション進行との関連は明らかではない。そこで本研究の目的は,DMを有する心臓外科患者の術前HbA1cと術後リハビリテーション遅延との関連を明らかにすることとした。
【方法】
対象は2013年11月から2014年9月までの期間に,当院で心臓外科手術を行った249例のうち,術前にDMと診断された92例とした。診療録より後方視的に調査を行い,術前歩行困難例,術後脳梗塞合併例,死亡例を除外した75例(69.7±9.3歳)を解析対象とした。心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドラインに基づき,術後の歩行が3日以内に開始されたものを順調群,4日目以降に開始された群を遅延群と定義し,2群間で比較を行った。評価指標は,術前患者背景として年齢,性別,Body Mass Index(BMI),既往歴の有無,術前膝伸展筋力,握力,片脚立位時間,Functional Reach Test(FRT),Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS),心エコー所見,血液生化学検査データとした。術中因子として,手術様式,手術時間,麻酔時間,人工心肺時間,術中出血量,術中水分バランスとし,術後因子としては,抜管までの時間,ICU滞在日数,端坐位開始までの日数,ICU-acquired Delirium(ICU-AD),不整脈の有無とした。統計学的解析はMann-WhitneyのU検定とχ2検定,またはFisherの直接確立法を用いて2群間で比較,検討した。さらに術後4日目の歩行開始可否を従属変数,有意差のあった項目を独立変数として多変量解析を行った。有意差のある因子についてreceiver operating characteristic(ROC)curveを構築し,Area Under Curve(AUC)を算出した。解析はSPSS statistics 21(SPSS JAPAN,東京)を用い,有意水準は5%未満とした。
【結果】
当院での心臓外科患者のDM罹患率は37%であった。また,解析対象者は順調群45例,遅延群30例であった。遅延群の術前HbA1cは順調群と比べ有意に高値を示した(7.11±0.73% vs 6.48±0.64%,p<0.001)。また,遅延群で抜管までの時間,ICU滞在日数,端座位開始までの日数が有意に長く,術前FRTが低値で,ICU-AD,複合手術が多かった(p<0.001)。p<0.001の項目を調整因子としてロジスティック回帰分析を行ったところ,術前HbA1c,ICU滞在日数,端座位開始までの日数が遅延群の有意な独立変数として抽出された。また,ROC curveでは術前HbA1c 6.95%が遅延群のカットオフ値(AUC 76%,95%CI;0.643-0.868,p<0.001)であった。
【考察】
本研究の結果,DMを有する心臓外科術後患者では,術前HbA1cが術後歩行遅延に関連し,中でも術前HbA1c 7%以上の患者では,術後歩行遅延が生じる可能性が高いことが示唆された。術後感染症発生リスクの増加と同様に,術後リハビリテーションも術前HbA1c 7%以上で遅延する可能性が示唆され,遅延期間の身体機能低下予防策を検討する必要があると思われた。機序としては,術前HbA1c 7%以上の患者に,術後高血糖が重なることにより血管透過性の亢進をさらに助長させ,血圧規定因子である末梢血管抵抗が低下し,端座位開始までの日数と歩行遅延に関連していた可能性が考えられた。本研究の限界は,鎮静・鎮痛薬の有無や投与量および周術期血糖値を調査しておらず,その影響を考慮できていない点である。
【理学療法学研究としての意義】
術前HbA1cは心臓外科患者の歩行遅延に関連し,術前HbA1c 7%以上の患者は歩行遅延のハイリスク群であることが示唆されたことから,そのような患者では早期から身体機能低下予防策を検討することが可能である。
糖尿病(Diabetes Mellitus:DM)は冠動脈疾患をはじめとした動脈硬化性疾患発症の危険因子であり,DM患者は健常人と比較し心筋梗塞の発症頻度が3倍以上とされる。DMの診断に用いられるヘモグロビンA1c(Hemoglobin A1c:HbA1c)を指標として,DM患者の厳格な血糖コントロールを行った研究では,長期的に大血管障害のリスクや死亡率が低下するとされる一方,死亡率が増加したとの報告もあり,DM患者のHbA1c管理に関しては議論の余地がある。心臓外科術後においては,炎症性サイトカインの血中濃度が上昇し,インスリン抵抗性が増大することで術後高血糖を生じる。心臓外科周術期の高血糖状態が感染症の増加や生命予後の悪化につながるとされており,特に術前HbA1cが7%以上の心臓外科術後患者では,感染症の発生率が増加することが明らかになっている。一方で,術後リハビリテーションにおいては,術後高血糖と炎症性サイトカインが心臓外科術後患者の筋力低下に関連するとの報告があるが,術前HbA1cと術後リハビリテーション進行との関連は明らかではない。そこで本研究の目的は,DMを有する心臓外科患者の術前HbA1cと術後リハビリテーション遅延との関連を明らかにすることとした。
【方法】
対象は2013年11月から2014年9月までの期間に,当院で心臓外科手術を行った249例のうち,術前にDMと診断された92例とした。診療録より後方視的に調査を行い,術前歩行困難例,術後脳梗塞合併例,死亡例を除外した75例(69.7±9.3歳)を解析対象とした。心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドラインに基づき,術後の歩行が3日以内に開始されたものを順調群,4日目以降に開始された群を遅延群と定義し,2群間で比較を行った。評価指標は,術前患者背景として年齢,性別,Body Mass Index(BMI),既往歴の有無,術前膝伸展筋力,握力,片脚立位時間,Functional Reach Test(FRT),Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS),心エコー所見,血液生化学検査データとした。術中因子として,手術様式,手術時間,麻酔時間,人工心肺時間,術中出血量,術中水分バランスとし,術後因子としては,抜管までの時間,ICU滞在日数,端坐位開始までの日数,ICU-acquired Delirium(ICU-AD),不整脈の有無とした。統計学的解析はMann-WhitneyのU検定とχ2検定,またはFisherの直接確立法を用いて2群間で比較,検討した。さらに術後4日目の歩行開始可否を従属変数,有意差のあった項目を独立変数として多変量解析を行った。有意差のある因子についてreceiver operating characteristic(ROC)curveを構築し,Area Under Curve(AUC)を算出した。解析はSPSS statistics 21(SPSS JAPAN,東京)を用い,有意水準は5%未満とした。
【結果】
当院での心臓外科患者のDM罹患率は37%であった。また,解析対象者は順調群45例,遅延群30例であった。遅延群の術前HbA1cは順調群と比べ有意に高値を示した(7.11±0.73% vs 6.48±0.64%,p<0.001)。また,遅延群で抜管までの時間,ICU滞在日数,端座位開始までの日数が有意に長く,術前FRTが低値で,ICU-AD,複合手術が多かった(p<0.001)。p<0.001の項目を調整因子としてロジスティック回帰分析を行ったところ,術前HbA1c,ICU滞在日数,端座位開始までの日数が遅延群の有意な独立変数として抽出された。また,ROC curveでは術前HbA1c 6.95%が遅延群のカットオフ値(AUC 76%,95%CI;0.643-0.868,p<0.001)であった。
【考察】
本研究の結果,DMを有する心臓外科術後患者では,術前HbA1cが術後歩行遅延に関連し,中でも術前HbA1c 7%以上の患者では,術後歩行遅延が生じる可能性が高いことが示唆された。術後感染症発生リスクの増加と同様に,術後リハビリテーションも術前HbA1c 7%以上で遅延する可能性が示唆され,遅延期間の身体機能低下予防策を検討する必要があると思われた。機序としては,術前HbA1c 7%以上の患者に,術後高血糖が重なることにより血管透過性の亢進をさらに助長させ,血圧規定因子である末梢血管抵抗が低下し,端座位開始までの日数と歩行遅延に関連していた可能性が考えられた。本研究の限界は,鎮静・鎮痛薬の有無や投与量および周術期血糖値を調査しておらず,その影響を考慮できていない点である。
【理学療法学研究としての意義】
術前HbA1cは心臓外科患者の歩行遅延に関連し,術前HbA1c 7%以上の患者は歩行遅延のハイリスク群であることが示唆されたことから,そのような患者では早期から身体機能低下予防策を検討することが可能である。