[O-0771] 身体バランスの危機的状況に応答する神経機構―fMRIによる検討―
Keywords:fMRI, 転倒, バランス
【はじめに,目的】
ヒトは,直立二足により高重心となる不安定な姿勢を,前庭感覚,視覚,体性感覚など,各種の感覚モダリティからの入力を統合し,協調的に筋出力することで安定的に制御している。一方で,制御系の破綻による身体バランス能力の低下は,転倒など生命の危機的状況につながるリスクを増加させるだけでなく,転倒恐怖など情動的側面にも影響を与える。従って,身体バランス制御が困難な状況における神経科学的検討は,転倒に対する身体防衛のための神経機構を知る上でも重要である。しかしながら,ヒトにおいて,転倒に関する神経機構について検討した研究は少ない。そこで本研究では,脳科学的手法を用い,身体バランスの危機的状況に応答する神経機構について,情動的側面を含めて検討した。
【方法】
健常成人男性13名に対し,刺激動画の提示を行った際の脳活動をfMRIにより測定するとともに,動画に対する主観評価を実施した。動画は被験者自身(以下Self)と他人(以下Others)とで構成され,それぞれ静的安定(Statically Stable:以下SS),動的安定(Dynamically Stable:以下DS),動的不安定(Dynamically Unstable:以下DU)の3条件のバランス課題実施時の映像を用いた。fMRI撮像は,1.5TのMR装置(Signa Horizon LX,GE社),GRE型,EPI法にて鏡を通してスクリーン上に刺激動画を提示した。撮像パラメーターはTR=4sec,TE90.5ms,flip angle80°,マトリックスサイズ128×128pixels,FOV24×24cm2,Slice厚7mmとして,小脳から頭頂をカバーし,20枚撮像した。主観評価項目は,身体バランスに関する運動的側面4項目(身体不安定性,身体安定性,動的,静的)と情動的側面6項目(不安,安心,危険,安全,焦り,余裕)の計10項目について実施した。主観評価の統計処理については,主観評価10項目の項目ごとについて,自他および条件間の二元配置分散分析を行い,多重比較(Bonferroni,p<0.01)を実施した。脳活動の解析にはSPM2を用い,前処理(動きの補正,標準脳への変換,平滑化)後,個人解析により作成された,①Self-DU>Self-DS,②Others-DU>Others-DS,③Self(DU>DS)>Others(DU>DS)の3コントラストについて,変量効果による集団解析(P<0.001,uncorrected)およびRegion of Interest(ROI)解析を実施した。ROIにて抽出した有意な賦活部位と主観評価については,運動的側面および情動的側面の各項目について,主観評価項目を独立変数,賦活領域を従属変数として,Stepwise法にて重回帰分析を実施した。なお,主観評価およびROI解析における統計処理にはSPSS21.0を使用した。
【結果】
主観評価において,運動的側面については,全ての条件間で有意差が認められた。情動的側面については,「不安」において全条件間で有意差を認め,その他の5項目ではDU-DSおよびDU-SS間に有意差が認められた。また,自他間における比較では,10項目において有意差は認められなかった。脳活動では,Self-DU>Self-DSにおいて,右運動前野および右頭頂-島前庭皮質(以下Rt.PIVC)を中心とした,運動関連領域や前庭皮質領域の活動が認められた。一方Others-DU>Others-DSでは,右EBA領域を中心とした視覚領域の活動が認められた。また,Self(DU>DS)>Others(DU>DS)のコントラストでは,右吻側外側前頭前皮質(以下Rt.RLPFC),右下前頭接合部/腹側前頭前野(以下Rt.IFJ/PMv),右後部島皮質(以下Rt.pINS),右傍小脳核(以下Rt.PBN)を中心に右側優位な脳活動が認められた。また主観評価との相関においては,右IFJ/PMvと「余裕」の間に有意な負の相関を認めた(p<0.001,adj.R2=0.66,t=-4.97)。
【考察】
身体バランスの危機的状況に応答する神経機構については,運動関連領域の活動のみならず,前庭感覚に関連する領域であるRt.PIVC領域,Rt.pINS,右PBNなどの領域が活動することが示された。加えて,PIVC,pINS,PBNにおける右半球優位な脳活動は,交換神経活性の優位性や負の情動反応の亢進との関連性を示す知見が得られている。本研究の結果から,ヒトの身体バランスの危機的状況対する応答は,前庭系や運動系に加え,情動系を含めた神経機構を基盤としていることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
転倒に代表される身体バランスの危機的状況に関する神経機構について,基礎的な知見を得ることに成功した。
ヒトは,直立二足により高重心となる不安定な姿勢を,前庭感覚,視覚,体性感覚など,各種の感覚モダリティからの入力を統合し,協調的に筋出力することで安定的に制御している。一方で,制御系の破綻による身体バランス能力の低下は,転倒など生命の危機的状況につながるリスクを増加させるだけでなく,転倒恐怖など情動的側面にも影響を与える。従って,身体バランス制御が困難な状況における神経科学的検討は,転倒に対する身体防衛のための神経機構を知る上でも重要である。しかしながら,ヒトにおいて,転倒に関する神経機構について検討した研究は少ない。そこで本研究では,脳科学的手法を用い,身体バランスの危機的状況に応答する神経機構について,情動的側面を含めて検討した。
【方法】
健常成人男性13名に対し,刺激動画の提示を行った際の脳活動をfMRIにより測定するとともに,動画に対する主観評価を実施した。動画は被験者自身(以下Self)と他人(以下Others)とで構成され,それぞれ静的安定(Statically Stable:以下SS),動的安定(Dynamically Stable:以下DS),動的不安定(Dynamically Unstable:以下DU)の3条件のバランス課題実施時の映像を用いた。fMRI撮像は,1.5TのMR装置(Signa Horizon LX,GE社),GRE型,EPI法にて鏡を通してスクリーン上に刺激動画を提示した。撮像パラメーターはTR=4sec,TE90.5ms,flip angle80°,マトリックスサイズ128×128pixels,FOV24×24cm2,Slice厚7mmとして,小脳から頭頂をカバーし,20枚撮像した。主観評価項目は,身体バランスに関する運動的側面4項目(身体不安定性,身体安定性,動的,静的)と情動的側面6項目(不安,安心,危険,安全,焦り,余裕)の計10項目について実施した。主観評価の統計処理については,主観評価10項目の項目ごとについて,自他および条件間の二元配置分散分析を行い,多重比較(Bonferroni,p<0.01)を実施した。脳活動の解析にはSPM2を用い,前処理(動きの補正,標準脳への変換,平滑化)後,個人解析により作成された,①Self-DU>Self-DS,②Others-DU>Others-DS,③Self(DU>DS)>Others(DU>DS)の3コントラストについて,変量効果による集団解析(P<0.001,uncorrected)およびRegion of Interest(ROI)解析を実施した。ROIにて抽出した有意な賦活部位と主観評価については,運動的側面および情動的側面の各項目について,主観評価項目を独立変数,賦活領域を従属変数として,Stepwise法にて重回帰分析を実施した。なお,主観評価およびROI解析における統計処理にはSPSS21.0を使用した。
【結果】
主観評価において,運動的側面については,全ての条件間で有意差が認められた。情動的側面については,「不安」において全条件間で有意差を認め,その他の5項目ではDU-DSおよびDU-SS間に有意差が認められた。また,自他間における比較では,10項目において有意差は認められなかった。脳活動では,Self-DU>Self-DSにおいて,右運動前野および右頭頂-島前庭皮質(以下Rt.PIVC)を中心とした,運動関連領域や前庭皮質領域の活動が認められた。一方Others-DU>Others-DSでは,右EBA領域を中心とした視覚領域の活動が認められた。また,Self(DU>DS)>Others(DU>DS)のコントラストでは,右吻側外側前頭前皮質(以下Rt.RLPFC),右下前頭接合部/腹側前頭前野(以下Rt.IFJ/PMv),右後部島皮質(以下Rt.pINS),右傍小脳核(以下Rt.PBN)を中心に右側優位な脳活動が認められた。また主観評価との相関においては,右IFJ/PMvと「余裕」の間に有意な負の相関を認めた(p<0.001,adj.R2=0.66,t=-4.97)。
【考察】
身体バランスの危機的状況に応答する神経機構については,運動関連領域の活動のみならず,前庭感覚に関連する領域であるRt.PIVC領域,Rt.pINS,右PBNなどの領域が活動することが示された。加えて,PIVC,pINS,PBNにおける右半球優位な脳活動は,交換神経活性の優位性や負の情動反応の亢進との関連性を示す知見が得られている。本研究の結果から,ヒトの身体バランスの危機的状況対する応答は,前庭系や運動系に加え,情動系を含めた神経機構を基盤としていることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
転倒に代表される身体バランスの危機的状況に関する神経機構について,基礎的な知見を得ることに成功した。