[O-0800] 脊髄小脳変性症(SCA2)症例の歩行分析による長期追跡
Keywords:脊髄小脳変性症, 歩行障害, 長期追跡
【はじめに,目的】小脳性運動失調歩行は古典的には歩隔の増加や,酩酊歩行として特徴づけられている。しかしながら,小脳変性が進行性に障害されていく疾患,特に脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)のように小脳を含む多系統の障害において,歩行障害の特徴がどのように変化していくのか詳細な歩行分析により検討した報告は極めて少ない。本研究では過去6年間にわたって実施してきた歩行計測データを後方視的に分析し,症状の進行にともなうSCD症例の歩行障害の特徴抽出を試みた。
【方法】症例は常染色体優先遺伝性小脳失調症。30代男性。20代後半(X年X月)に歩行時のふらつきの自覚から近医受診,上記診断に至った。家族歴は母親(20代発症)と姉(10代発症,SCA2の診断)。X+1年9ヶ月より当院外来リハビリテーション(リハ)開始となる。以降,延べ9回の三次元動作計測を行った。計測課題は30秒間の静止立位(開眼,閉眼)と至適速度歩行とした。全身に貼付した39点のマーカーの三次元座標を三次元動作解析装置(VICON612,VMS社製)よりサンプリング周波数120Hzで取得した。加えて歩行路上に埋め込んだ床反力計(KISTRLER社製)より1000Hzにて地面反力を計測した。立位姿勢時の足圧中心の前後(COP_AP)および,左右方向の移動距離(COP_ML)ならびにパワースペクトル密度を求めた。歩行は距離時間因子,左右対称性の指標としてtemporal symmetry index(TAI),spatial asymmetry index(SAI),重心移動のエネルギー効率(前方方向エネルギー/鉛直方向エネルギー:EF)を求め,各パラメーターとSARA(Scale for the Assessment of Rating Ataxia)の下位項目の立位スコアと歩行スコアとの相関関係より歩行障害の特徴抽出を行った。
【結果】立位は初回計測(X+1年9ヶ月)から7回目(6年8ヶ月)にかけて,SARA立位スコアは1から4へ悪化した。頭部が重心の直上に位置する姿勢から,頭部が重心の後方に位置するCポスチャーへと変化し,重心動揺範囲に比して頭部動揺範囲が大きいパターンを示した。COP_APは120mmから160mmへ増加したのに対しCOP_MLは30mmから180mmと顕著な増加を示した。パワースペクトル密度は,閉眼条件の左右方向で確認された1Hz以上の高周波成分が開眼条件にも認められた。歩行は初回から7回目にかけてSARA歩行スコアは2から6まで悪化した。歩行速度が1.0m/sから0.2m/s,エネルギー効率は80%から20%,ステップ長は0.7mから0.5m,歩調は140steps/minから20steps/minへとそれぞれ低下した。立脚時間比は60%から85%へ,ステップ時間は0.5secから4.0secへ増大した。歩容は左右対称的な歩行から非対称性が増加し,SARA歩行スコアが1点増加するに従いSAIがおよそ5%増加していった。頭部と身体重心を平面上に投影した分析では,重心の直上に頭部が位置していた歩行から,立位姿勢の特徴が強く反映されたCポスチャー様へと変化し,重心の移動と停滞を繰り返すパターンを示した。7回目計測後,長期経過にともない増悪した頭部動揺とCポスチャーの軽減を目的に1ヶ月間の短期リハ入院を行った。入院後に実施した9回目の計測(X+6年11ヶ月)ではCポスチャーと頭部揺動の軽減,SAIの5%減少,EFの5%増加,距離時間因子全般に改善を認めた。
【考察】本例は経過に伴い立位における左右方向の足圧移動範囲と頭部揺動の増加,Cポスチャー様の姿勢への変化がみられた。並行して歩行においても頭部が重心の後方に偏位する立位姿勢の特徴を反映したパターンを呈した。短期リハ入院後にこれらの特徴が軽減したことから,歩行の構成要素である立位のCポスチャー様の姿勢変化が本例の歩行障害の増悪に関わっていると考えられた。また本例のCポスチャー様の姿勢変化には,進行に伴い出現した足圧の左右方向の高頻度振動と移動範囲の増加が関与していると推察される。詳細な歩行分析による長期追跡は進行に伴い増悪する歩行障害の特徴を明らかにするとともに,進行を踏まえた理学療法介入の指針となる可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】長期間にわたる歩行の定量的評価により,進行にともない変化するSCDの歩行障害の特徴を明らかにした。これらはSCDの進行を踏まえた歩行障害の評価方法と理学療法介入を考案する上で重要な資料となりうる。
【方法】症例は常染色体優先遺伝性小脳失調症。30代男性。20代後半(X年X月)に歩行時のふらつきの自覚から近医受診,上記診断に至った。家族歴は母親(20代発症)と姉(10代発症,SCA2の診断)。X+1年9ヶ月より当院外来リハビリテーション(リハ)開始となる。以降,延べ9回の三次元動作計測を行った。計測課題は30秒間の静止立位(開眼,閉眼)と至適速度歩行とした。全身に貼付した39点のマーカーの三次元座標を三次元動作解析装置(VICON612,VMS社製)よりサンプリング周波数120Hzで取得した。加えて歩行路上に埋め込んだ床反力計(KISTRLER社製)より1000Hzにて地面反力を計測した。立位姿勢時の足圧中心の前後(COP_AP)および,左右方向の移動距離(COP_ML)ならびにパワースペクトル密度を求めた。歩行は距離時間因子,左右対称性の指標としてtemporal symmetry index(TAI),spatial asymmetry index(SAI),重心移動のエネルギー効率(前方方向エネルギー/鉛直方向エネルギー:EF)を求め,各パラメーターとSARA(Scale for the Assessment of Rating Ataxia)の下位項目の立位スコアと歩行スコアとの相関関係より歩行障害の特徴抽出を行った。
【結果】立位は初回計測(X+1年9ヶ月)から7回目(6年8ヶ月)にかけて,SARA立位スコアは1から4へ悪化した。頭部が重心の直上に位置する姿勢から,頭部が重心の後方に位置するCポスチャーへと変化し,重心動揺範囲に比して頭部動揺範囲が大きいパターンを示した。COP_APは120mmから160mmへ増加したのに対しCOP_MLは30mmから180mmと顕著な増加を示した。パワースペクトル密度は,閉眼条件の左右方向で確認された1Hz以上の高周波成分が開眼条件にも認められた。歩行は初回から7回目にかけてSARA歩行スコアは2から6まで悪化した。歩行速度が1.0m/sから0.2m/s,エネルギー効率は80%から20%,ステップ長は0.7mから0.5m,歩調は140steps/minから20steps/minへとそれぞれ低下した。立脚時間比は60%から85%へ,ステップ時間は0.5secから4.0secへ増大した。歩容は左右対称的な歩行から非対称性が増加し,SARA歩行スコアが1点増加するに従いSAIがおよそ5%増加していった。頭部と身体重心を平面上に投影した分析では,重心の直上に頭部が位置していた歩行から,立位姿勢の特徴が強く反映されたCポスチャー様へと変化し,重心の移動と停滞を繰り返すパターンを示した。7回目計測後,長期経過にともない増悪した頭部動揺とCポスチャーの軽減を目的に1ヶ月間の短期リハ入院を行った。入院後に実施した9回目の計測(X+6年11ヶ月)ではCポスチャーと頭部揺動の軽減,SAIの5%減少,EFの5%増加,距離時間因子全般に改善を認めた。
【考察】本例は経過に伴い立位における左右方向の足圧移動範囲と頭部揺動の増加,Cポスチャー様の姿勢への変化がみられた。並行して歩行においても頭部が重心の後方に偏位する立位姿勢の特徴を反映したパターンを呈した。短期リハ入院後にこれらの特徴が軽減したことから,歩行の構成要素である立位のCポスチャー様の姿勢変化が本例の歩行障害の増悪に関わっていると考えられた。また本例のCポスチャー様の姿勢変化には,進行に伴い出現した足圧の左右方向の高頻度振動と移動範囲の増加が関与していると推察される。詳細な歩行分析による長期追跡は進行に伴い増悪する歩行障害の特徴を明らかにするとともに,進行を踏まえた理学療法介入の指針となる可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】長期間にわたる歩行の定量的評価により,進行にともない変化するSCDの歩行障害の特徴を明らかにした。これらはSCDの進行を踏まえた歩行障害の評価方法と理学療法介入を考案する上で重要な資料となりうる。