第50回日本理学療法学術大会

Presentation information

ポスター

ポスター1

身体運動学2

Fri. Jun 5, 2015 4:10 PM - 5:10 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P1-C-0110] 妊婦の椅子からの起立と方向転換を伴う運搬動作時のバイオメカニクス解析

須永康代1,2, 国分貴徳1, 木戸聡史1, 阿南雅也3, 高橋真3, 新小田幸一3 (1.埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科, 2.広島大学大学院保健学研究科博士課程後期, 3.広島大学大学院医歯薬保健学研究院応用生命科学部門)

Keywords:妊婦, バイオメカニクス, ウィメンズヘルス

【はじめに,目的】
妊娠中の女性は腹部重量と容積の増大により動作様式に変化が生じ,転倒が危惧される。妊婦の転倒は母体だけでなく,胎児にも影響を及ぼす危険性がある。Dunningら(2003)は,妊婦は物を運びながらの移動動作時の転倒率が高いことを報告している。そこで,本研究ではこの転倒リスクの高い運搬動作を基に,日常生活での実施頻度が高く姿勢制御が複雑となる起立動作と,椅子からの起立後,方向転換を伴った運搬動作に至るまでを一連動作として,妊婦の姿勢制御機構の解明を目的に解析を行った。また動作解析には身体部分慣性係数が必要となるが,日本人妊婦の妊娠各期での値は報告がなされていないため,本研究ではより信頼性の高い解析を行うことを目的として,妊婦の腹部の形態変化を考慮して下部体幹部分の慣性係数を算出し,動作解析時に適用した。
【方法】
身体部分慣性係数の算出は,妊婦8人(平均年齢34.4±5.9歳)を対象に,妊娠16-18週(第1期),24-25週(第2期),32-33週(第3期)の各時期に1回ずつ行った。下部体幹部分に24個の赤外線反射マーカーを貼付し,3次元動作解析装置VICON NEXUS 1.7.1(Vicon Motion Systems社製)の8台の赤外線カメラにて立位姿勢を撮影して,空間座標情報を基に下部体幹における質量の体重に対する質量比,部分長に対する質量中心比,慣性モーメント,部分長に対する回転半径比を算出した。
動作の計測は,妊婦9人(妊婦群:平均年齢34.0±5.6歳),未経産女性7人(対照群:平均年齢29.3±2.4歳)を対象に行った。妊婦群の計測は身体部分慣性係数の計測と同様の時期に行った。赤外線反射マーカーを対象者の体表の計39か所に貼付した後,椅子から立ち上がり,前方に設置したテーブルの上の軽量物(約900g)を持ち,そのまま右下肢より90°方向転換をして振り出し前方へ歩く動作を観察した。動作の模様は赤外線カメラにて撮影後,解析用プログラミングソフトBody Builder(Vicon Motion Systems社製)を用いて,体幹および下肢関節角度,関節モーメントを算出した。関節モーメントは体重で正規化した値を解析した。なお,解析には妊婦群の下部体幹には本研究で算出した身体部分慣性係数を,その他のセグメントおよび対照群には岡田ら(1996)の日本人青年女性の値を採用した。さらに起立動作開始から2回目の右足尖離地までを1動作時間(100%)として正規化を行った。統計学的解析には,IBM SPSS Statistics21(IBM社製)を使用した。Shapiro-Wilk検定にて正規性が認められた場合,一元配置分散分析を行った後,Leveneの検定で等分散性が仮定される変数についてはTukey HSD法を,等分散性が仮定されない変数についてはGames Howell法を用いた。正規性が認められない場合はKruskal Wallis検定を行った後,Bonferroni法により有意水準を補正した。有意水準は全てP<0.05を採用した。
【結果】
歩行へと移行する右下肢振り出し時,上部体幹の屈曲角度が妊婦群の第1期から第3期,下部体幹の屈曲角度は第2期,第3期において対照群よりも有意に大きくなった(P<0.05)。また,下部体幹の屈曲モーメントが妊婦群の第2期において対照群よりも有意に大きくなった(P<0.05)。同時期に,股関節屈曲角度が妊婦群の第2期において対照群よりも有意に大きくなった(P<0.05)。
【考察】
進行方向への方向転換を伴った歩行開始時には,妊婦では腹部の重量と容積の増大に伴って推進力が増すことで,体幹屈曲角度および屈曲モーメントが大きくなり,安定性を保つために一歩を大きく踏み出そうと股関節屈曲角度が大きくなった可能性が考えられる。特に第2期では腹部の膨大が著明な時期であり,動作様式の変化が生じやすい時期であると推察され,転倒リスクに加えて,安全でかつ体幹および股関節屈曲方向へ下肢の運動増大によって生じる腹部への負担を避けるような,動作方法の指導が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
妊婦の腹部の形態変化を考慮して,従来は考慮されてこなかった妊娠各期の腹部の容積や重量の変化を織り込んだ身体部分慣性係数を,動作解析に反映させたことで,より信頼性の高い解析結果を得ることができる点に本研究の意義がある。また,妊娠中の身体的変化に伴って影響を受ける日常生活上の動作様式について解明し,安全な動作を導くためのアプローチを行うことは,女性の健康支援の面で理学療法研究としての重要な意義がある。