第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター1

身体運動学5

2015年6月5日(金) 16:10 〜 17:10 ポスター会場 (展示ホール)

[P1-C-0137] 多方向への歩き始めにおける先行随伴性姿勢調節の加齢変化

行宗真輝1, 澤田智紀2, 木藤伸宏3 (1.医療法人慶心会川越整形外科リハビリテーション科, 2.広島大学大学院医歯薬保健学研究科博士課程後期保健学専攻, 3.広島国際大学総合リハビリテーション学部リハビリテーション学科)

キーワード:先行随伴性姿勢調節, 歩き始め, 加齢変化

【はじめに,目的】
超高齢社会の到来とともに増加しつつある高齢者の転倒は医療費および介護費などの社会経済的にも重要な問題となっている。高齢者の転倒の特徴として,躓く,引っかかるなどの原因もさることながら,歩き始めやステッピング時など動作の過渡期にバランスを崩すことによって生じることが知られている。歩き始めやステップ動作時における逆応答現象は先行随伴性姿勢調節(Anticipatory Postural Adjustments:以下,APAs)の1つであり,足圧中心(Center of Pressure,以下,COP)が遊脚側後方へ移動し,身体重心(Center of Gravity,以下,COG)を立脚側へ移動させる役割を果たす。この逆応答現象の加齢による影響に関して先行研究が行われているが,その多くは単一方向のステップ動作のみであり,日常生活で多く見られるような様々な方向に歩き始めた際のAPAsの加齢変化に着目した研究はない。本研究では,多方向への歩き始めにおけるAPAs期の加齢変化を明らかにすることを目的とした。
【方法】
被験者は健常若年者30名(男性15名,女性15名,年齢:21.4±0.9歳)と健常高齢者30名(男性15名,女性15名,年齢:67.5±5.4歳)とした。課題動作は前方(以下,F),右前方(以下,RF),左前方(以下,LF),右側方(以下,R),後方(以下,B)の5方向への右下肢からの歩き始めとし,方向はランダムに選択した。動作時の運動学・運動力学データは8台の赤外線カメラからなる三次元動作解析装置VICON MX(Vicon社製)と8基の床反力計(AMTI社製)を用いて取得した。得られたデータから演算ソフトBodybuilder(Vicon社製)を用いてCOG座標,COP座標を算出した。APAs期はCOPの遊脚側への動き始めから最大遊脚側変位までと定義し,APAs期のCOP変位量,COG変位量,COG加速度の左右成分(以下,x成分)と前後成分(以下,y成分)を算出した。COP,COG変位量のx成分はASIS間距離,y成分は足長で正規化した。統計解析にはEZR(Easy R,埼玉)を用い,ステップ方向と年齢を2要因とする2元配置分散分析を行った。多重比較にはTukey法を用いて行った。有意水準は5%未満とした。
【結果】
COGxは方向間と年齢間で主効果を認め,RF,R,B条件において高齢者群が若年者群よりも立脚肢方向へのCOG変位量が有意に小さかった(それぞれ1.5% vs 2%,1.2% vs 2%,3.1% vs 3.5%)。COGyは両群間で有意な差は認められなかった。COPxは方向と年齢の交互作用および方向と年齢の両者で主効果を認め,LF,F,B条件において高齢者群が若年者群よりも遊脚肢方向へのCOP変位量が有意に大きかった(それぞれ35% vs 24%,26% vs 17%,26% vs 19%)。COPyは方向と年齢の交互作用および方向と年齢の両者で主効果を認め,高齢者群が若年者群よりもLF,F,RF条件において有意にCOPの後方変位量が大きく(それぞれ-15% vs -8%,-19% vs -10%,-10% vs -6%),B条件において有意にCOPの前方変位量が大きかった(17% vs 10%)。COG加速度xは方向と年齢の交互作用および方向と年齢の両者で主効果を認め,高齢者群が若年者群よりもLF,F,B条件において有意に立脚肢方向へのCOG加速度が大きく(それぞれ0.92m/s2 vs 0.7m/s2,0.67m/s2 vs 0.45m/s2,0.63m/s2 vs 0.49m/s2),R条件において有意に小さかった(0.25m/s2 vs 0.33m/s2)。COG加速度yは方向と年齢の交互作用および方向で主効果を認め,高齢者群が若年者群よりもLF,F条件において有意に大きな前方へのCOG加速度を示し(それぞれ0.4m/s2 vs 0.27m/s2,0.47m/s2 vs 0.32m/s2),B条件において有意に大きな後方へのCOG加速度を示した(-0.53m/s2 vs -0.3m/s2)。
【考察】
本研究結果より,高齢者群は若年者群と比較してCOG変位量が小さく,COP変位量,COG加速度が大きいことが明らかになった。高齢者はCOGを立脚肢方向へ大きく変位させずにステップする戦略として,歩き始める方向に応じて若年者とは異なるパターンでCOPの変位量を調節し,大きな加速度を利用する戦略に変化している可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
歩き始めの方向制御に関して,APAs期の加齢変化について言及した研究はなく,今回一定の見解を得られたことは非常に興味深い。今後,転倒や疾患の影響を調査して行くための基礎的なデータとなりうる。