[P2-A-0656] パーキンソン病患者におけるリーチ距離感の自己認識とバランスの関連性
Keywords:パーキンソン病, 立位バランス, 空間認知
【はじめに,目的】
一般的に,リーチ運動を行う際には,環境と自己身体能力との関係によって運動プログラムが生成され,実行される。環境要因が一定な場合には,実際にどの程度までリーチが可能かどうかというのは,柔軟性やバランスなどの身体能力に依存する。パーキンソン病患者(以下PD)では,固縮による柔軟性の低下や姿勢反射障害によるバランスの低下,無動・寡動による運動の減少などによってリーチ運動の実行にエラーが起こると考えられている。また,実際にリーチ運動を行う前には,過去の経験や現在の状況に基づき,空間的にどの程度までリーチが可能かどうかを予測し,それに合わせて適切な運動プログラムが選択されると考えられる。そのようなリーチ距離の予測は環境や安定性限界によって影響される。リーチ距離の予測に関して,健常者や脳血管障害患者での報告は多いが,PDの報告はわずかであり,そのバランスとの関連性については明らかとなっていない。そこで,我々は,PDのリーチ運動における空間的な距離感の認知とバランスの関連性を明らかにすることを目的とし,最大リーチ距離の予測とバランスを調査した。
【方法】
対象は,パーキンソン病患者13名(男性10名,女性3名,平均年齢75.6±6.2歳,Hoehn-Yahrの分類:II2名,III11名,MMSE19~28点)。患者は,課題を遂行できる程度の立位保持が可能であること,重心動揺に影響を及ぼすような不随意運動がないことを条件とした。対照群は同年齢の健常高齢者16名(男性8名,女性8名;バランスや認知機能に影響のある疾病の既往のない者,平均年齢74.7±6.9歳)とした。実験は,重心動揺計によるバランス,最大リーチ距離の見積り(Estimated Distance:ED),実際の最大リーチ距離(Actual Distance:AD)の3つを測定した。バランスは,重心動揺計(ANIMA社製)を用いて,望月らの方法を使用し,Index of Postural Stability(以下IPS)を測定した。EDの測定では,被験者には,立位にて肩の高さに置かれた積み木の正面に立ち,明らかに積み木を取れる任意の位置から徐々に離れ,足を踏み出さないで取れると認識する最大距離で止まるよう指示した。前・右・左の3方向で見積り,その距離を計測した。その後,同様の3方向に対してADを測定した。データ分析には,多方向への空間認識を求めるためにEDとADの3方向の和を使用し,さらに身体の大きさの影響を最小限にするために身長で除した値,補正EDと補正ADを用いた。それぞれの対象におけるIPS,補正ED,補正ADの間の相関をSpearmanの順位相関係数にて求めた。また,IPSと補正AD,補正EDと補正ADの差をMann-WhitneyのU検定を用いて両群間で比較した。統計解析にはSPSSver.21を使用し,有意水準は5%未満とした。
【結果】
IPSと補正ADにおいて健常高齢者に比べPDが有意に低下していた。両群において,IPSと補正ADの間には相関が認められなかった。健常高齢者では,IPSと補正EDとの間に正の相関が認められた(r=0.582)。両群において,補正EDと補正ADの間に正の相関が認められた(健常高齢者:r=0.579;PD:r=0.852)。また,補正EDと補正ADの差は,PDで有意に低下していた。
【考察】
健常高齢者に比べてPDではバランスが低下していることが示された。これは多くの先行研究と一致している。IPS,補正ADと補正EDの相関の結果から,健常高齢者においては,自己認識している空間距離はバランスと関連していると考えられる。補正EDと補正ADの差の結果より,PDではリーチ距離を明らかに過小評価しており,自己認識している空間知覚には異常があると考えられる。しかしPDでは,IPSと補正EDとの相関がないことからバランスとの関係は明らかではないと考えられる。PDの空間認知の異常やバランス障害はいくつかの要因が合わさっている可能性が考えられ,今後の課題としてより詳細な分析が必要と思われる。
【理学療法学研究としての意義】
パーキンソン病の身体機能障害は,運動障害のみならず,運動感覚異常による影響が報告されている。臨床的には,病状の進行により,運動知覚,認知機能の低下が認められることも多い。理学療法を実施する上で,パーキンソン病患者のどのような知覚,認知機能が低下しているかを理解することは重要であり,今回示されたような空間認知の低下や多要因によるバランス障害の存在は臨床推論の一助となると考えられる。
一般的に,リーチ運動を行う際には,環境と自己身体能力との関係によって運動プログラムが生成され,実行される。環境要因が一定な場合には,実際にどの程度までリーチが可能かどうかというのは,柔軟性やバランスなどの身体能力に依存する。パーキンソン病患者(以下PD)では,固縮による柔軟性の低下や姿勢反射障害によるバランスの低下,無動・寡動による運動の減少などによってリーチ運動の実行にエラーが起こると考えられている。また,実際にリーチ運動を行う前には,過去の経験や現在の状況に基づき,空間的にどの程度までリーチが可能かどうかを予測し,それに合わせて適切な運動プログラムが選択されると考えられる。そのようなリーチ距離の予測は環境や安定性限界によって影響される。リーチ距離の予測に関して,健常者や脳血管障害患者での報告は多いが,PDの報告はわずかであり,そのバランスとの関連性については明らかとなっていない。そこで,我々は,PDのリーチ運動における空間的な距離感の認知とバランスの関連性を明らかにすることを目的とし,最大リーチ距離の予測とバランスを調査した。
【方法】
対象は,パーキンソン病患者13名(男性10名,女性3名,平均年齢75.6±6.2歳,Hoehn-Yahrの分類:II2名,III11名,MMSE19~28点)。患者は,課題を遂行できる程度の立位保持が可能であること,重心動揺に影響を及ぼすような不随意運動がないことを条件とした。対照群は同年齢の健常高齢者16名(男性8名,女性8名;バランスや認知機能に影響のある疾病の既往のない者,平均年齢74.7±6.9歳)とした。実験は,重心動揺計によるバランス,最大リーチ距離の見積り(Estimated Distance:ED),実際の最大リーチ距離(Actual Distance:AD)の3つを測定した。バランスは,重心動揺計(ANIMA社製)を用いて,望月らの方法を使用し,Index of Postural Stability(以下IPS)を測定した。EDの測定では,被験者には,立位にて肩の高さに置かれた積み木の正面に立ち,明らかに積み木を取れる任意の位置から徐々に離れ,足を踏み出さないで取れると認識する最大距離で止まるよう指示した。前・右・左の3方向で見積り,その距離を計測した。その後,同様の3方向に対してADを測定した。データ分析には,多方向への空間認識を求めるためにEDとADの3方向の和を使用し,さらに身体の大きさの影響を最小限にするために身長で除した値,補正EDと補正ADを用いた。それぞれの対象におけるIPS,補正ED,補正ADの間の相関をSpearmanの順位相関係数にて求めた。また,IPSと補正AD,補正EDと補正ADの差をMann-WhitneyのU検定を用いて両群間で比較した。統計解析にはSPSSver.21を使用し,有意水準は5%未満とした。
【結果】
IPSと補正ADにおいて健常高齢者に比べPDが有意に低下していた。両群において,IPSと補正ADの間には相関が認められなかった。健常高齢者では,IPSと補正EDとの間に正の相関が認められた(r=0.582)。両群において,補正EDと補正ADの間に正の相関が認められた(健常高齢者:r=0.579;PD:r=0.852)。また,補正EDと補正ADの差は,PDで有意に低下していた。
【考察】
健常高齢者に比べてPDではバランスが低下していることが示された。これは多くの先行研究と一致している。IPS,補正ADと補正EDの相関の結果から,健常高齢者においては,自己認識している空間距離はバランスと関連していると考えられる。補正EDと補正ADの差の結果より,PDではリーチ距離を明らかに過小評価しており,自己認識している空間知覚には異常があると考えられる。しかしPDでは,IPSと補正EDとの相関がないことからバランスとの関係は明らかではないと考えられる。PDの空間認知の異常やバランス障害はいくつかの要因が合わさっている可能性が考えられ,今後の課題としてより詳細な分析が必要と思われる。
【理学療法学研究としての意義】
パーキンソン病の身体機能障害は,運動障害のみならず,運動感覚異常による影響が報告されている。臨床的には,病状の進行により,運動知覚,認知機能の低下が認められることも多い。理学療法を実施する上で,パーキンソン病患者のどのような知覚,認知機能が低下しているかを理解することは重要であり,今回示されたような空間認知の低下や多要因によるバランス障害の存在は臨床推論の一助となると考えられる。