[P2-B-0649] 回復期脊髄損傷患者に対するロボットスーツHALの効果に関する研究
シングルケースデザインを用いて
Keywords:脊髄損傷, 歩行, 運動学習
【はじめに,目的】
近年,リハビリテーション分野においてロボットの利用による治療効果に関する報告が散見される。Hybrid Assistive Limb(以下HAL)はその一端を担っており,当院では2013年から導入し臨床で活用している。HALは装着者の生体電位信号をもとに関節運動を補助し,支持性を補償しながら協調的な関節運動を促すことが可能になるとされている。これまで当院では脳卒中や脊髄損傷により重度運動麻痺を呈した症例の歩行練習において主に長下肢装具を使用していたが,膝関節を伸展位で固定するため下肢の協調性を十分に学習させることは困難であった。対してHALは関節を固定せず正常歩行に近づけた状態で練習するため,高い運動学習効果が期待できる。先行研究においても中枢疾患患者に対してHALによる歩行能力向上を示した報告があるが,多くは慢性期患者を対象としている。今回,当院入院中の回復脊髄損傷患者に対してHALを用いた歩行練習を行う機会を得た。本症例は歩行時に下肢伸展パターンを呈し歩行の安定性と速度が低下していた。本研究の目的は,HALを用いることでそれらの問題点が改善し,歩行能力が向上するかを検証するものである。
【方法】
対象は当院入院中の脊髄損傷(左単麻痺)発症後150日経過した60代の男性とした。ASIA分類Dで,感覚障害はないが膝関節屈筋群,足関節底屈筋群はMMT2レベルと著明な筋力低下を認めた。歩行能力は短下肢装具装着し二本杖歩行近位監視で可能であったが,麻痺側立脚終期から遊脚初期にかけて膝関節屈曲,足関節背屈運動が乏しく遊脚期に足尖の引き摺りを認めた。また,歩行距離延長に伴い下肢伸展パターンが増強し,引き摺りの頻度が増加する傾向にあった。
方法は,シングルケースデザイン(AB)を用いた。通常の理学療法を7日間(以下A期),続いてHALを用いた歩行練習を7日間(以下B期)実施し,一回の歩行練習時間は30分とした。HALは単脚型を用い,股関節,膝関節ともに随意制御モードとし,共に屈曲優位で補助を行った。また,左足関節には短下肢装具Gait Solution Designを装着した。
評価項目は歩行率,歩幅,二本杖歩行の10m快適歩行速度とGait Judge Systemにより計測される足関節底屈トルク値(First Peak;以下FP,Second Peak;以下SP)と立脚後期における股関節伸展角度を計測した。また,膝関節屈曲角度は被験者の下肢の各関節にマーカーを添付し,動画上から角度計を用いて計測した。足関節底屈トルク値,股関節伸展角度,膝関節屈曲角度は歩行が安定した5歩行周期分の平均値から算出した。計測は毎日行い,解析は中央分割法を用い,A期からceleration lineを求め,延長したceleration lineと比較した介入期の上位数を二項分布により検定した。有意水準は1%未満とした。
【結果】
歩幅,FP,股関節伸展角度はA期と比較してB期に有意な増加を認めた。一方,快適歩行速度,歩行率はA期と比較してB期に有意に低下した。その他の因子については改善傾向にあったが有意差は認めなかった。
HAL介入前後の比較では,歩幅,FP,SP,股関節伸展角度は増加,快適歩行速度,歩行率,膝関節屈曲角度の低下が認められた。また,歩行時の下肢伸展パターンは残存した。
【考察】
HALの使用により,歩幅,股関節伸展角度の有意な増加を認めた。これは股関節への関節運動の補助と,HAL本体が身体外側面を覆うことによる外側支持機構の高まりにより,立脚後期の股関節伸展運動が促通され,重心の前方移動が学習された結果であると考えた。一方で歩行速度および歩行率は低下した。好川は,痙性麻痺患者において強制的に正常に近い歩行を再現することで全身の緊張の亢進を招き,歩行が困難になることが予想されるとしている。本症例では,HAL介入前より痙性歩行を呈しており,歩行距離延長に伴い下肢伸展パターンが増強し,引き摺りの頻度が増加する傾向にあった。この問題点に対してHALによる関節運動の補助が効果を及ぼすことを期待したが,本症例の膝関節屈筋の出力は弱く,伸展パターンを軽減させるだけの十分な運動補助が発揮されなかった。そのため,遊脚期に関しては慣れない動作に対して努力性となり,その結果,下肢伸展パターンが増大し歩行速度および歩行率が低下したのではないかと考えた。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では回復期脊髄損傷患者に対してHALによる歩行練習を行い,メリットとデメリットが両方存在する結果となった。この結果は臨床場面においてHALの適応の可否を判断する上で意義のある報告であると考える。
近年,リハビリテーション分野においてロボットの利用による治療効果に関する報告が散見される。Hybrid Assistive Limb(以下HAL)はその一端を担っており,当院では2013年から導入し臨床で活用している。HALは装着者の生体電位信号をもとに関節運動を補助し,支持性を補償しながら協調的な関節運動を促すことが可能になるとされている。これまで当院では脳卒中や脊髄損傷により重度運動麻痺を呈した症例の歩行練習において主に長下肢装具を使用していたが,膝関節を伸展位で固定するため下肢の協調性を十分に学習させることは困難であった。対してHALは関節を固定せず正常歩行に近づけた状態で練習するため,高い運動学習効果が期待できる。先行研究においても中枢疾患患者に対してHALによる歩行能力向上を示した報告があるが,多くは慢性期患者を対象としている。今回,当院入院中の回復脊髄損傷患者に対してHALを用いた歩行練習を行う機会を得た。本症例は歩行時に下肢伸展パターンを呈し歩行の安定性と速度が低下していた。本研究の目的は,HALを用いることでそれらの問題点が改善し,歩行能力が向上するかを検証するものである。
【方法】
対象は当院入院中の脊髄損傷(左単麻痺)発症後150日経過した60代の男性とした。ASIA分類Dで,感覚障害はないが膝関節屈筋群,足関節底屈筋群はMMT2レベルと著明な筋力低下を認めた。歩行能力は短下肢装具装着し二本杖歩行近位監視で可能であったが,麻痺側立脚終期から遊脚初期にかけて膝関節屈曲,足関節背屈運動が乏しく遊脚期に足尖の引き摺りを認めた。また,歩行距離延長に伴い下肢伸展パターンが増強し,引き摺りの頻度が増加する傾向にあった。
方法は,シングルケースデザイン(AB)を用いた。通常の理学療法を7日間(以下A期),続いてHALを用いた歩行練習を7日間(以下B期)実施し,一回の歩行練習時間は30分とした。HALは単脚型を用い,股関節,膝関節ともに随意制御モードとし,共に屈曲優位で補助を行った。また,左足関節には短下肢装具Gait Solution Designを装着した。
評価項目は歩行率,歩幅,二本杖歩行の10m快適歩行速度とGait Judge Systemにより計測される足関節底屈トルク値(First Peak;以下FP,Second Peak;以下SP)と立脚後期における股関節伸展角度を計測した。また,膝関節屈曲角度は被験者の下肢の各関節にマーカーを添付し,動画上から角度計を用いて計測した。足関節底屈トルク値,股関節伸展角度,膝関節屈曲角度は歩行が安定した5歩行周期分の平均値から算出した。計測は毎日行い,解析は中央分割法を用い,A期からceleration lineを求め,延長したceleration lineと比較した介入期の上位数を二項分布により検定した。有意水準は1%未満とした。
【結果】
歩幅,FP,股関節伸展角度はA期と比較してB期に有意な増加を認めた。一方,快適歩行速度,歩行率はA期と比較してB期に有意に低下した。その他の因子については改善傾向にあったが有意差は認めなかった。
HAL介入前後の比較では,歩幅,FP,SP,股関節伸展角度は増加,快適歩行速度,歩行率,膝関節屈曲角度の低下が認められた。また,歩行時の下肢伸展パターンは残存した。
【考察】
HALの使用により,歩幅,股関節伸展角度の有意な増加を認めた。これは股関節への関節運動の補助と,HAL本体が身体外側面を覆うことによる外側支持機構の高まりにより,立脚後期の股関節伸展運動が促通され,重心の前方移動が学習された結果であると考えた。一方で歩行速度および歩行率は低下した。好川は,痙性麻痺患者において強制的に正常に近い歩行を再現することで全身の緊張の亢進を招き,歩行が困難になることが予想されるとしている。本症例では,HAL介入前より痙性歩行を呈しており,歩行距離延長に伴い下肢伸展パターンが増強し,引き摺りの頻度が増加する傾向にあった。この問題点に対してHALによる関節運動の補助が効果を及ぼすことを期待したが,本症例の膝関節屈筋の出力は弱く,伸展パターンを軽減させるだけの十分な運動補助が発揮されなかった。そのため,遊脚期に関しては慣れない動作に対して努力性となり,その結果,下肢伸展パターンが増大し歩行速度および歩行率が低下したのではないかと考えた。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では回復期脊髄損傷患者に対してHALによる歩行練習を行い,メリットとデメリットが両方存在する結果となった。この結果は臨床場面においてHALの適応の可否を判断する上で意義のある報告であると考える。