第50回日本理学療法学術大会

Presentation information

ポスター

ポスター2

神経難病理学療法

Sat. Jun 6, 2015 1:50 PM - 2:50 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P2-B-0660] n-ヘキサン中毒による多発性神経炎患者の理学療法の経験

起居動作全介助から歩行自立に至った一症例

高橋真利子1, 須藤恵理子1, 横山絵里子2 (1.秋田県立リハビリテーション・精神医療センター機能訓練部, 2.秋田県立リハビリテーション・精神医療センター診療支援部)

Keywords:n-ヘキサン中毒, 四肢麻痺, 機能回復

[はじめに]
n-ヘキサンはボンド,ベンジンなどに多く含まれる有機溶媒の一種であり,吸引すると多発性神経炎を起こすといわれている。長期的な予後は比較的良好といわれているが重症例では数年を要しリハビリテーション(以下,リハ)施行例の報告は少ない。今回,n-ヘキサンの慢性暴露にて多発性神経炎を発症し,四肢麻痺により起居動作全介助となった症例を担当した。8ヵ月の入院リハにより歩行器歩行自立に到達したので,麻痺の回復過程と動作能力向上の順序を報告する。
[症例紹介]
症例:39才女性。既往歴:パニック障害,不眠症。現病歴:2013年7月より四肢麻痺,感覚障害出現。症状進行し9月17日A病院入院し,汚れ落としでのベンジン(n-ヘキサン)の慢性暴露による末梢神経障害の診断で治療開始となる。症状の進行が停止した段階でリハ目的にて11月20日当センター転院。初期評価:麻痺は弛緩性四肢麻痺。体幹下肢運動年齢(MOA)は7ヵ月(坐位保持可,いざり・掴まり立ち不可)。上肢機能(MFS)は両側25%(上肢前方側方拳上45~90°)。感覚は表在・深部覚とも下腿部以遠で中等度~重度鈍麻。筋力(MMT)は体幹2,肩関節2~3,肘関節3,手関節0,股関節1~2,膝・足関節0。起居動作は寝返りは側臥位まで可能,起き上がりは全介助,坐位は保持可能だが前後に崩れやすい,移乗・車椅子駆動は全介助。Barthel Index0点。PT問題点:四肢麻痺による四肢・体幹筋力低下。PT短期目標は車椅子にて起居動作自立とした。
[経過]
2014年1月5日寝返り自立(MOA8ヵ月,MFS両側50%,BI25点摂食・車椅子移動自立),2月4日起き上がり自立(MOA8ヵ月,MFS右53%左59%,BI35点整容自立),3月14日移乗自立(MOA10ヵ月,MFS右75%左81%,BI45点移乗自立),4月4日トイレ自立(MOA11ヵ月,MFS両側88%,BI70点入浴・尿禁制・トイレ自立),5月21日病棟内歩行器歩行自立(MOA15ヵ月,MFS右94%左88%,BI85点更衣・便禁制・歩行自立),7月15日T杖・両側短下肢装具にて病棟短距離歩行自立(MOA16.5ヵ月,MFS右97%左94%,BI90点),7月20日自宅退院。最終評価:麻痺は手袋靴下型に残存。MOAは16.5ヵ月(掴まり立ち・手すり使用での階段昇降可)。MFS右97%左94%。感覚は表在・深部覚とも足部で軽度鈍麻。筋力は体幹2,肩・肘・手関節4~5,股関節4~5,膝関節3+~5,足関節0~2。起居動作は寝返り,起き上がり,移乗,車椅子駆動自立,歩行器歩行自立,室内T杖歩行自立(10m歩行時間 歩行器・両側短下肢装具にて15秒15 22歩)。BI90点(減点項目:歩行,階段)。
[PT内容]
開始時は坐位練習,ROM練習,筋力強化練習,tilt tableでの立位練習を施行。入院後約1ヵ月で全介助下での立位・歩行練習を開始。2ヵ月頃よりpush up練習,装具装着下にて平行棒内歩行練習を行った。4~5ヵ月頃より起立練習,床上動作練習,階段昇降練習,杖歩行練習を行った。
[考察]
麻痺は上肢中枢部から回復しはじめ,上肢使用での寝返りや起き上がり,摂食,整容,車椅子駆動などの動作の自立が先行した。下肢でも中枢部より麻痺が回復し,股屈筋・膝伸筋が向上し上肢支持での起立や立位が可能となったため,移乗動作が,更衣や入浴動作に先行して自立した。本症例は,足部の麻痺が重度でPT開始から半年後に短下肢装具と歩行器を用いた歩行自立し,8ヶ月後にはT杖歩行,手すり支持での階段昇降が見守りで可能な状態まで回復した。本症例では過去の報告例と同様で長期に渡り徐々に回復を認めたが,本症例の背景には精神障害があり,栄養状態も不良であった。入院後医師・看護師にて栄養管理を行い,精神状態に留意しながら進めた結果,栄養・活動・休養のサイクルを整えることができ,体力向上を図れたことが長期にわたる回復を支えたのではないかと考えられる。
本症例に対するPT内容は,坐位保持可能となった頃より全介助下での立位・歩行練習を積極的に行った。末梢神経障害では神経再生に悪影響を及ぼすような高強度の運動負荷は避けるべきといわれているが,本症例にとっての早期からの歩行練習は過用性筋力低下を生じることなく適切な運動負荷であったと考えられ,モチベーション維持にも重要であったと考える。
[理学療法学研究としての意義]
n-ヘキサン中毒による多発性神経炎は長期に渡り回復するがリハについての報告は少ない。本症例では早期より歩行練習を行ったことで短下肢装具・歩行器使用での歩行自立となった。今回麻痺の回復過程や動作能力の改善を分析できたので,今後の治療方法の確立に寄与すると考える。