第50回日本理学療法学術大会

講演情報

ポスター

ポスター3

支援工学理学療法2

2015年6月7日(日) 10:50 〜 11:50 ポスター会場 (展示ホール)

[P3-B-1106] 先天性左前腕欠損児に対する用具の工夫

跳び箱用義手の提供と動作解析

渡邊理加1, 大塚彰2, 渡利太1 (1.独立行政法人国立病院機構福山医療センター, 2.県立広島大学保健福祉学部理学療法学科)

キーワード:小児, 義手, 先天性前腕欠損

【はじめに,目的】
伊藤ら(2007)は,先天性上肢欠損児に対する早期からの義手装着の利点として,義手の機能や外観を受け入れやすくなり,バランスを改善することができると述べている。しかし先天性上肢欠損児の場合は,義手を使用せず残存機能を利用することも多い。一方で,小学校では第1学年から両手を使う跳び箱動作や縄跳びによる連続両足跳びが学習指導に盛り込まれている。そこで本研究では,5歳の先天性左前腕欠損児(以下,本症例)の現在及び今後の就学環境に必要となる両手動作のうち,跳び箱動作に着目することとした。跳び箱用義手の作製および提供を行ったのち,跳び箱での跳躍動作の解析を行った結果を報告する。
【方法】

対象は5歳の先天性左前腕欠損女児1名(身長120cm,体重15kg)である。左前腕断端末には手指と思われる小さな突起を認めた。断端末に感覚障害はなく肘関節は屈曲・伸展方向への自動運動が可能であった。欠損側の上腕骨外側上顆から端末までは8cm,健側の上腕骨外側上顆から橈骨茎状突起までは15cmだった。まず事前に断端末への荷重で痛みが生じないことを確認し,跳び箱用義手を作製した。跳び箱用義手のソケットは熱可塑性樹脂,前腕部は硬質塩化ビニール管を用いて,健側上肢と同じ長さに調節した。跳び箱との接地面は,重心の前方移動を誘導するためロッカーソール機構を用いた。跳び箱用義手の作製にあたっては,「みはら タコ工房」の指導と協力のもと行った。跳び箱用義手提供後,使ってみて良かったこと,使ってみて悪かったこと,これからも跳び箱用義手を使いたいかについて本症例と母親に対して記述式のアンケートを実施した。次に,Force Plate(テック技販製,W40×D60cm,以下,F.P)を用いて健常児の開脚跳びとの比較を行った。比較対象は7歳の健常児1名(身長130cm,体重27kg)である。本症例と健常児はそれぞれF.P(サンプリング周波数5KHz)上に固定された台(W25×D35×H30cm)を用いて長軸方向への開脚跳びを行い,練習後の1試行を計測した。
【結果】

跳び箱用義手を装着した本症例の開脚跳びは,両上肢での支持が可能となり,大きな跳躍動作が可能となったが,跳び箱を跳び越えるには至らなかった。アンケート結果では,本症例は跳べそうな感じがするので頑張りたいと述べていた。母親の回答からも,本症例が跳び箱動作の獲得に向けて意欲的に取り組んでいる様子がうかがえた。床反力波形の比較から,健常児は体重支持成分より前にブレーキ成分が出現していたのに対し,本症例はブレーキ成分と体重支持成分が同時に出現していた。また,跳び箱への着手動作のピーク値を比較するとブレーキ成分,体重支持成分ともに本症例の方がやや低値であった。
【考察】
本研究では,5歳の先天性左前腕欠損児の現在及び今後の就学環境に必要となる両手動作のうち,跳び箱動作に着目し,跳び箱用義手の提供を行った。跳び箱用義手を用いたことで,上肢の支持性が向上し,大きな跳躍動作が確認された。しかし,床反力波形の結果から,本症例は上肢による重心の前後移動や体重支持機能が十分に働いていないため,重心の前方移動が行えず,跳び箱を跳び越すことができないと考えた。このことは,義手の改良の必要性だけでなく,着手に必要なバランス能力や筋力が不十分である可能性も示唆するものである。今後は着手技能の向上を図る運動プログラムも検討していく必要があると考える。
しかし,今回のアンケート結果から動作の獲得や義手の使用については前向きな意見がみられた。出村(2012)によると運動に対する自信を高めることは,運動意欲を高め,今後の動作獲得に主体的に取り組めるようになるとされている。そのため,今回の義手提供は,上肢の左右のバランス改善に加え,運動意欲の向上にも有効であったと示唆される。小児期の身体活動は健全な成長に必要不可欠であるため,今後も義手の修理や環境設定など児の成長や就学環境に対応したフォローアップを継続することが重要であると考える。
【理学療法研究としての意義】
先天性上肢欠損児に対して跳び箱用義手を提供し,両手動作を獲得することはbody-imageの形成を促すとともに,児や家族のQOLも向上すると考えた。跳び箱用義手の提供により,様々な両手動作が獲得されれば,今後も自助具や義手を使用した両手動作の獲得に取り組みやすくなる。動作の幅が広がるだけでなく,児やその家族のQOLの向上及び欠損肢に対する受容に繋がると考える。