第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター3

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Sun. Jun 7, 2015 1:10 PM - 2:10 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P3-C-0980] 頸神経叢の皮枝に関する肉眼解剖学的観察

上田泰久1, 福井勉2, 小林邦彦3 (1.文京学院大学保健医療技術学部理学療法学科, 2.文京学院大学大学院保健医療科学研究科, 3.中部大学生命健康科学部作業療法学科)

Keywords:肉眼解剖, 頚神経叢の皮枝, 圧迫・伸長部位

【目的】
末梢神経系の脊髄神経には解剖学的に圧迫および伸張されやすい部位(以下,圧迫・伸長部位)が存在する。この圧迫・伸長部位が複数ある脊髄神経では,容易に伝導障害や軸索変性を引き起こすことが報告されている(Upton1973,根本1983)。頸椎の退行変性疾患では,頸神経が筋や筋膜により重複して圧迫・伸長されて頭頸部や上肢の感覚障害や疼痛を引き起こすことがある。頭頸部の感覚は,後頭部・後頸部に関しては頸神経の後枝である大後頭神経・第3後頭神経が支配している。一方,前頸部・外側頸部の感覚は頸神経の前枝である頸神経叢の皮枝が支配している。我々は先行研究(上田ら2013)において,後頭部痛と関係の深い大後頭神経の圧迫・伸長部位について頭頸部の伸筋群である僧帽筋上部線維・頭半棘筋・下頭斜筋が関与することを報告した。今回,前頸部・外側頸部の感覚に関与する小後頭神経・大耳介神経・鎖骨上神経・頸横神経と筋や筋膜の関係について若干の知見を得たので報告する。本研究の目的は,肉眼解剖による観察から頸神経叢の皮枝の走行および圧迫・伸長部位について検討することである。
【方法】
80歳代男性の解剖用遺体1体を対象とした。背臥位で前頸部および左右の外側頸部の剥皮後,広頸筋を剖出した。次に広頸筋を剥離して頭側へ飜転させて,頸筋膜浅葉に包まれた胸鎖乳突筋を剖出した。頸筋膜浅葉と胸鎖乳突筋周囲の結合組織を丁寧に剥離して,胸鎖乳突筋の後縁から表層へ出現する頸神経叢の皮枝(大耳介神経・小後頭神経・頸横神経・鎖骨上神経)を各々剖出した。肉眼による詳細な観察は右頸部の頸神経叢の皮枝で行い,皮神経と筋や筋膜の位置関係について検討した。なお,本研究は名古屋大学大学院医学系研究科の主催する人体解剖トレーニングセミナーで得られた知見である。
【結果】
頸神経叢の皮枝は,頸筋膜浅葉を貫通していた。鎖骨上神経は胸鎖乳突筋の後縁から少し離れた位置から表層へ出現して,一部は広頸筋も貫通していた。鎖骨上神経は広頸筋を貫通した後,体幹へ向かって走行していた。一方,大耳介神経・小後頭神経・頸横神経は胸鎖乳突筋の後縁の近くから表層へ出現し,これらの神経は広頸筋を貫通していなかった。さらに,大耳介神経・小後頭神経・頸横神経は胸鎖乳突筋の筋腹を迂回するように走行していた。また,大耳介神経・小後頭神経は外側頸部と頭部へ,頸横神経は前頸部へ向かって走行していた。
【考察】
頸神経叢の皮枝は,頸筋膜浅葉を貫通して胸鎖乳突筋の後縁から表層に出現した。この部位はエルプ点(Erb’s point)と呼ばれ,圧迫・伸長部位の有無を確認する上で重要な触診ポイントになる。頸筋膜浅葉は僧帽筋上部線維や胸鎖乳突筋を包んでおり,これらの筋や筋膜が過剰に緊張している場合は大耳介神経・小後頭神経・頸横神経・鎖骨上神経が絞扼されやすい条件になると推測できる。さらに,鎖骨上神経の一部は広頸筋を貫通しており,大耳介神経・小後頭神経・頸横神経は胸鎖乳突筋を迂回するように走行しているため,これらの部位で皮神経が圧迫・伸長される可能性が十分に考えられる。頸椎の退行変性疾患では,頸部伸筋群だけでなく胸鎖乳突筋の過剰収縮を伴うことが多い。Jandaは,頭部が前方に位置する姿勢を頭部前方位姿勢(以下,FHP)とし,このFHPは後頭下筋群・僧帽筋上部・胸鎖乳突筋などを緊張させやすいとしている。今後は,本研究から得られた肉眼解剖の知見を取り入れて,実際のFHPなどの症例を通して筋や筋膜と皮神経の障害の関係について検証することが必要であると考える。
【理学療法学研究としての意義】
頸神経叢の皮枝について肉眼解剖の視点から神経と筋や筋膜による圧迫・伸長部位について詳細に観察した。頸神経叢の皮枝は頸筋膜浅葉を貫通し,さらに鎖骨上神経の一部は広頸筋を貫通,大耳介神経・小後頭神経・頸横神経は胸鎖乳突筋を迂回していた。頸神経叢の皮枝は,この貫通部や迂回部で少なからず圧迫・伸長される可能性があることが示唆された。このような肉眼解剖の知見も取り入れて,頭頸部に対する理学療法を展開することが重要であると考えている。本研究は1例の報告ではあるが,頸神経叢の皮枝に関する肉眼解剖から得られた基礎的な知見として機能解剖と理学療法を結び付ける一助になり,理学療法研究として意義があると考える。