[P3-C-0983] 縦断研究における欠損値の補完方法が解析結果に与える影響
Keywords:縦断研究, 欠損値, 補完
【はじめに,目的】
近年,理学療法分野において縦断研究が盛んに行われている。縦断研究においては,対象者の逸脱・中止,追跡不能などによってサンプルサイズが減少することは珍しくない。サンプルサイズの減少によって,統計学的パワーの低下および選択バイアスの混入を生じる可能性がある。これらは研究結果を歪める恐れがあるため,避けるべき問題と考えられている。これらの問題を解決する方法の一つとして,欠損値を代替値により埋める「補完」がある。臨床研究における欠損値の補完方法は,Last observation carried forward(LOCF)法,平均値または最小値(最悪値)の充当,回帰モデルによる推定などが提唱されている。しかしながら,どの方法が適切か,実際の臨床データに基づく調査は見当たらない。そこで今回,これらの方法による欠損値の補完が解析結果に与える影響を調査した。
【方法】
対象は,2010年4月より2014年4月の期間において,当院にて初回人工膝関節全置換術(TKA)または単顆置換術(UKA)を受けた者とした。除外基準は,重篤な心疾患,神経疾患,膝関節以外の骨関節手術の既往,認知障害を有する者,日本語を話さない者とした。測定項目は,他動膝関節可動域,等尺性膝伸展筋トルク(膝伸展筋トルク),日本語版Western Ontario and McMaster University Osteoarthritis Index疼痛および身体機能(WOMAC-Pおよび-F)とした。膝伸展筋トルクはハンドヘルドダイナモメータ(アニマ社,μTas F-1)を用いて,端座位,膝屈曲80度にて測定した。これらの項目は,術前,術後3ヶ月および6ヶ月に測定した。欠損値は以下の方法によって補完した:1)LOCF(前回の評価時点に得た値),2)平均値(評価時点において得られた対象者集団の平均値),3)最悪値(評価時点において得られた対象者集団の最悪値),4)回帰モデルによる推定値(人口統計データ,術前値を独立変数とした)。統計解析は,補完方法間の比較に反復測定の分散分析およびDunnett法(補完なしを対照とした)を用いた。さらに,各補完方法における術式間(TKAまたはUKA)および術側間(片側または両側手術)の比較にt検定を適用した。すべての統計解析の有意水準は5%未満とした。
【結果】
適格基準を満たし,術前に測定し得た者は510名であった。対象者の人口統計データは,年齢[平均値±標準偏差(範囲)]は72.1±7.7(38-93)歳,男性92名,女性418名,Body Mass Index 26.4±4.0(13.3-44.1)kg/m2,術式はTKA 317名,UKA 193名,片側例193名,両側例317名であった。術後3ヶ月においては399名(78.2%),術後6ヶ月においては371名(72.7%)を追跡し得た。補完なしを対照とした補完方法間の比較では,術後3ヶ月および6ヶ月において,最悪値のすべての測定項目が有意に低下していた。LOCFは補完なしと比較し,術後3ヶ月における膝屈曲・伸展可動域,WOMAC-PおよびWOMAP-Fが有意に低下していた。術後6ヶ月においては有意差は認められなかった。平均値および回帰モデルによる推定値は,いずれの時期,測定項目においても,補完なしと有意差は認められなかった。また,術式間の比較では,術後3ヶ月および6ヶ月のすべての補完方法において,UKAがTKAの膝屈曲可動域を上回った。それ以外の測定項目に有意差は認められなかった。術側間の比較では,LOCFの術後3ヶ月のWOMAC-Fにおいてのみ,両側例が有意に低下していた。
【考察】
今回,人工膝関節置換術後の縦断研究による臨床データに基づき,欠損値の補完なしを含めた5つの補完方法を比較した。最悪値による補完は,いずれの測定時期および測定項目においても有意に低下しており,また,LOCFによる補完は,術後3ヶ月における膝可動域,WOMACに有意な低下を示した。これらの補完方法は,集団全体の変化を評価する場合,結果を低く見積もる可能性がある。術式間の比較では,いずれの時期,補完方法においても有意性が一貫していたものの,術後3ヶ月での術側間の比較において,LOCFによる補完が結果を歪めていたため,縦断的な研究計画を立てる際には注意が必要であろう。平均値または回帰モデルによる推定値は,集団全体およびサブグループにおいて,いずれの測定時期,測定項目に対しても一貫した結果を認めたため,人工膝関節置換術後の縦断研究での欠損値を補完するための妥当な方法と考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本調査は,人工関節置換術後の縦断研究を厳密に計画するにあたり,サンプルサイズの減少が生じた場合の対策を検討するための情報となり得る。
近年,理学療法分野において縦断研究が盛んに行われている。縦断研究においては,対象者の逸脱・中止,追跡不能などによってサンプルサイズが減少することは珍しくない。サンプルサイズの減少によって,統計学的パワーの低下および選択バイアスの混入を生じる可能性がある。これらは研究結果を歪める恐れがあるため,避けるべき問題と考えられている。これらの問題を解決する方法の一つとして,欠損値を代替値により埋める「補完」がある。臨床研究における欠損値の補完方法は,Last observation carried forward(LOCF)法,平均値または最小値(最悪値)の充当,回帰モデルによる推定などが提唱されている。しかしながら,どの方法が適切か,実際の臨床データに基づく調査は見当たらない。そこで今回,これらの方法による欠損値の補完が解析結果に与える影響を調査した。
【方法】
対象は,2010年4月より2014年4月の期間において,当院にて初回人工膝関節全置換術(TKA)または単顆置換術(UKA)を受けた者とした。除外基準は,重篤な心疾患,神経疾患,膝関節以外の骨関節手術の既往,認知障害を有する者,日本語を話さない者とした。測定項目は,他動膝関節可動域,等尺性膝伸展筋トルク(膝伸展筋トルク),日本語版Western Ontario and McMaster University Osteoarthritis Index疼痛および身体機能(WOMAC-Pおよび-F)とした。膝伸展筋トルクはハンドヘルドダイナモメータ(アニマ社,μTas F-1)を用いて,端座位,膝屈曲80度にて測定した。これらの項目は,術前,術後3ヶ月および6ヶ月に測定した。欠損値は以下の方法によって補完した:1)LOCF(前回の評価時点に得た値),2)平均値(評価時点において得られた対象者集団の平均値),3)最悪値(評価時点において得られた対象者集団の最悪値),4)回帰モデルによる推定値(人口統計データ,術前値を独立変数とした)。統計解析は,補完方法間の比較に反復測定の分散分析およびDunnett法(補完なしを対照とした)を用いた。さらに,各補完方法における術式間(TKAまたはUKA)および術側間(片側または両側手術)の比較にt検定を適用した。すべての統計解析の有意水準は5%未満とした。
【結果】
適格基準を満たし,術前に測定し得た者は510名であった。対象者の人口統計データは,年齢[平均値±標準偏差(範囲)]は72.1±7.7(38-93)歳,男性92名,女性418名,Body Mass Index 26.4±4.0(13.3-44.1)kg/m2,術式はTKA 317名,UKA 193名,片側例193名,両側例317名であった。術後3ヶ月においては399名(78.2%),術後6ヶ月においては371名(72.7%)を追跡し得た。補完なしを対照とした補完方法間の比較では,術後3ヶ月および6ヶ月において,最悪値のすべての測定項目が有意に低下していた。LOCFは補完なしと比較し,術後3ヶ月における膝屈曲・伸展可動域,WOMAC-PおよびWOMAP-Fが有意に低下していた。術後6ヶ月においては有意差は認められなかった。平均値および回帰モデルによる推定値は,いずれの時期,測定項目においても,補完なしと有意差は認められなかった。また,術式間の比較では,術後3ヶ月および6ヶ月のすべての補完方法において,UKAがTKAの膝屈曲可動域を上回った。それ以外の測定項目に有意差は認められなかった。術側間の比較では,LOCFの術後3ヶ月のWOMAC-Fにおいてのみ,両側例が有意に低下していた。
【考察】
今回,人工膝関節置換術後の縦断研究による臨床データに基づき,欠損値の補完なしを含めた5つの補完方法を比較した。最悪値による補完は,いずれの測定時期および測定項目においても有意に低下しており,また,LOCFによる補完は,術後3ヶ月における膝可動域,WOMACに有意な低下を示した。これらの補完方法は,集団全体の変化を評価する場合,結果を低く見積もる可能性がある。術式間の比較では,いずれの時期,補完方法においても有意性が一貫していたものの,術後3ヶ月での術側間の比較において,LOCFによる補完が結果を歪めていたため,縦断的な研究計画を立てる際には注意が必要であろう。平均値または回帰モデルによる推定値は,集団全体およびサブグループにおいて,いずれの測定時期,測定項目に対しても一貫した結果を認めたため,人工膝関節置換術後の縦断研究での欠損値を補完するための妥当な方法と考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本調査は,人工関節置換術後の縦断研究を厳密に計画するにあたり,サンプルサイズの減少が生じた場合の対策を検討するための情報となり得る。