○菊水 健史
(麻布大学 獣医学部)
イヌは飼い主を特別視し,慕い,そのまれなる忠誠心をもって,飼い主との特別な関係を構築する.世界にはさまざまな動物が存在するが,イヌほどヒトに近く,親和的に,そしてあうんの呼吸でともに生活できる動物はほかにはいない.それを支える認知機能が明らかとなってきた.イヌはオオカミと比較し,ヒトからの視線や指さしによるシグナルを読み取る能力が長けていること,そしてその能力が進化の過程で獲得してきた能力であった.興味深いことに,このようなヒトとのやり取りの能力は,ヒトと近縁であるチンパンジーでは困難である.故,イヌはヒトとの生活を共にすることで,この能力を獲得したと考えられる.それだけではない.イヌはヒトと視線を介して理解し合えるだけでなく,絆の形成も可能となった.イヌが飼い主と見つめ合うことで,お互いにオキシトシンが分泌された.イヌとの触れ合いや視線によるコミュニケーションが飼い主のオキシトシン分泌量を上昇させることから,オキシトシンという分子で飼い主とイヌがつながったと言える.それはイヌがヒトとともに歩いてきた3万年以上も続くヒトとイヌの共進化の賜物といえるだろう.
一方,イヌとの暮らしがもたらすヒトの心身への効果は,小児アレルギーの抑制,うつ病や不安症の改善,自閉症児の症状回復,認知症の改善など,枚挙に暇がない.しかし,イヌとの生活がなぜヒトの心身に医学的恩恵をもたらすかのメカニズムは不明である.最も有力な候補分子として上記のオキシトシンがあげられる.オキシトシンは不安やうつ病,ストレス応答を軽減させ,過剰な自律神経系の興奮を抑える効果を持つ.社会性に障害を抱える自閉症児への症状改善効果も知られている.また,脊髄後根神経節に作用し鎮痛効果をもつことや,免疫系に作用して抗炎症作用を示すこと,更に外傷に対する治癒促進効果も併せ持つ.今回,ヒトとイヌが共生の場面でどのような認知能力を介してつながるのか,そしてそこにおけるオキシトシンの役割を紹介する.