日本畜産学会第126回大会

講演情報

共催シンポジウム "畜産研究の成果を獣医臨床フィールドへ"

牛の繁殖:研究と臨床のトピック

2019年9月19日(木) 13:00 〜 15:00 第I会場 (ぽらんホール(8番講義室))

座長:大蔵 聡(名古屋大学大学院生命農学研究科)、髙橋 透(岩手大学)

13:00 〜 13:30

[SY-I-01] 家畜における繁殖の神経内分泌学−基礎的知見と臨床応用の可能性−

*松田 二子1、大蔵 聡2 (1. 東大院農生命、2. 名大院生命農)

 哺乳類の性線機能は,下垂体からの性腺刺激ホルモン(黄体形成ホルモンLHおよび卵胞刺激ホルモンFSH)と,その分泌を刺激する視床下部からの性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)によって神経内分泌的に制御されており,これを視床下部−下垂体−性線(HPG)軸とよぶ.近年,GnRHニューロンと同じく視床下部に存在するキスペプチンニューロンがGnRHのさらに上位でHPG軸を統御することが明らかになってきた.
 キスペプチンニューロンは視床下部の2つの領域に局在する.メスのみに存在する視索前野のキスペプチンニューロンはGnRHとLHのサージ状分泌を誘起する“排卵中枢”であると考えられている.弓状核のキスペプチンニューロンは雌雄両方に存在し,GnRHとLH/FSHのパルス状分泌を制御する“卵胞発育中枢”あるいは“精子形成中枢”であることが示唆されている.弓状核キスペプチンニューロンは,ニューロキニンB(NKB)とダイノルフィンA(Dyn)を分泌することからKNDyニューロンとよばれる.反芻家畜であるウシやヤギにおいても視索前野と弓状核にキスペプチンニューロンが存在し,弓状核のキスペプチンニューロンはNKBとDynを含有すること,すなわちKNDyニューロンであることが示されている.ヤギを用いた実験により,視索前野キスペプチンニューロンがGnRH/LHサージを誘起する排卵中枢,弓状核キスペプチン(KNDy)ニューロンがGnRH/LHパルスを制御する卵胞発育中枢であることが示唆された.さらに,NKBはGnRH/LHパルスを促進する因子であること,反対にDynはGnRH/LHパルスを抑制する因子であることが明らかにされた.
 ウシの繁殖障害の治療にはGnRH製剤や性腺刺激ホルモン製剤が使われてきたが,キスペプチンとその関連因子による繁殖制御の神経内分泌メカニズムを応用すれば,新たな作用機序の繁殖促進剤を開発できると期待される.強いGnRH分泌促進作用を持つキスペプチンは,それ自身を卵胞発育促進や排卵誘起に利用できる可能性がある.キスペプチンを雌ウシに静脈内単回投与すると,血中LH濃度が上昇し,主席卵胞直径が増大した.GnRHパルスを増加させるNKBを利用した卵胞発育促進剤の開発も期待できる.実際,NKB受容体のアゴニストを雌ウシの静脈内に持続投与すると,血中LH濃度が上昇し,主席卵胞直径も増大した.反対に,Dyn受容体を阻害すれば卵胞発育を促進できると考えられ,Dyn受容体アンタゴニストを雌ヤギに静脈内持続投与すると血中LHパルス頻度が増加した.
 家畜の繁殖中枢の制御機構をin vitroで解析するツールも揃いつつある.げっ歯類由来のGnRHニューロンとキスペプチンニューロンの不死化細胞株は研究利用されてきたが,家畜由来の視床下部ニューロン細胞株はこれまで存在しなかった.我々はヤギ視床下部初代培養細胞を不死化して細胞クローニングした後,遺伝子発現解析を行い,GnRHニューロン細胞株とキスペプチンニューロン細胞株を樹立した.これらの細胞株は,反芻家畜の繁殖を制御する神経内分泌メカニズムの解明に有用であるのに加え,繁殖のコントロールに有効な薬剤のスクリーニング等での利用が期待される.

松田二子 略歴:
2006年  東京大学大学院農学生命科学研究科 博士課程修了
2007年〜 東レ株式会社医薬研究所
2011年〜 名古屋大学大学院生命農学研究科 助教
2012年〜 同上 准教授
2016年〜 東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授