[CPS1-02] 夏季暑熱による乳牛の生産性低下の科学的理解と対応策の展望
夏季の暑熱は、繁殖、乳牛の生理等を介して、乳生産に大きな影響を及ぼすことが知られている。暑熱ストレスが繁殖に及ぼす影響は、受胎の遅延につながるものが多く、季節ごとの分娩頭数に影響を及ぼす。よって、季節ごとの牛群における泌乳ステージ(分娩後日数)の構成にも、影響が及ぶ。また、夏季暑熱による乳牛生理への影響を介して、飼料摂取量と乳生産量が低下することがよく知られている。これらのことは、総合的に、牛群全体の乳生産量に影響を及ぼすことになる。
本報告では、まず、夏季の暑熱が、乳牛の繁殖状況の変化を通じて、乳生産に及ぼす影響について、演者が所属する広島大学農場に蓄積されているデータを用いた解析結果を紹介する。次に、夏季暑熱時の乳牛に見られる生理的な変化の概要を、文献を引用しながら紹介して、対応策の展望につなげたい。
1.広大農場における夏季暑熱が乳生産に及ぼす影響
広島大学農場では、2011年3月に全自動搾乳システム(Automatic milking system、AMS)が導入され、搾乳は基本的にこのシステムで行われた。育成牛と乾乳牛および分娩直前から分娩後約1週間の乳牛は、搾乳牛舎とは別の畜舎で飼養されていた。なお、今回解析に用いたデータは、黒川ら(2019)が用いたデータセットの一部である。搾乳牛の頭数は、若干の増減はあるが、20~25頭を推移している。
・季節ごとの乳牛分娩頭数の変化
搾乳牛を12-2月、3-5月、6-8月、9-11月に分娩する、「分娩月群」に分け、2000年度から2018年度までのデータを用いて、分娩月群ごとの分娩頭数を算出した。その結果、分娩月群ごとの平均が58頭、3-5月が23頭で最も少なく、分娩月群ごとの頭数の違いが有意であった(P<0.05)。3-5月に分娩する乳牛の受胎月はおよそ6-8月で、この時期の受胎が少なかった結果であり、夏季の暑熱が、牛群における泌乳ステージの構成に影響を及ぼしていたことが示唆された。また、3-5月に分娩した乳牛は、6-8月に泌乳のピークを迎えるため、牛群全体としての、夏季の乳生産量低下のひとつの要因になると考えられた。
・分娩月による乳生産量の変化
上述の分娩月群ごとの搾乳牛の乳生産について、AMS導入後の2011年3月から2018年までの個体ごとの日乳量のデータから求められた、Wood(1967)の泌乳曲線モデル(yn = a nb exp(-cn)、ynは分娩後n週の平均日乳量、a, b, cは定数)を用いて解析した。このモデルのパラメータa, b, cのうち、パラメータaに対する分娩月群の影響は有意(P<0.05)で、9-11月分娩牛群で最も低い値となった。パラメータaは、泌乳開始直後の乳量に影響するとされ、9-11月分娩牛群で泌乳初期の乳量が低くなることを示す結果であった。6-8月の暑熱期に分娩直前の時期を過ごしたことがその要因のひとつである可能性がある。ただし、求めたパラメータを用いて計算した305日乳量に対する、分娩月群の効果は有意ではなかった。一連の変化は、パラメータaに対する分娩月の影響と、泌乳期における季節の影響との、総合的な効果の結果と考えられた。
2.夏季暑熱時の乳牛に見られる生理的な変化の概要と対応策
・生理的な変化など
暑熱の影響を受けた乳牛に起きる、最も一般的な生理状態の変化は、直腸温(体温)の上昇である。それに伴ってエネルギー代謝の変化が起こり、血中グルコースの低下などにつながることが知られている。また、暑熱の影響で、酸化ストレスの方向に傾くことも知られている。酸化ストレスとは、呼吸の際に発生する活性酸素に由来する酸素毒が、それを消去する抗酸化能を上回る状態のことを言う。酸素毒は、細胞内の脂質、タンパク質、核酸などを酸化して、疾病の原因となる。抗酸化能を持つ抗酸化物質には、ビタミンA、C、Eなどがある。ここにあげたエネルギー代謝の変化、酸化ストレスの傾向は、乳牛の夏季暑熱の影響を論じた、乳生産および繁殖を取り扱う総説の双方で取り上げられている。
・対応策
まず、可能な限り暑熱の影響を緩和するために、畜舎環境を改善することが重要である。搾乳牛の畜舎のみならず、乾乳牛や育成牛の畜舎の暑熱対策も重要である。また、酸化ストレスを予防する抗酸化物質の動態に関する研究は重要と考えられる。乳牛の抗酸化物質には、飼料として摂取する必要があるもの(ビタミンA、Eなど)と、原料を摂取して乳牛体内で合成されるもの(ビタミンC、グルタチオン、グルタチオンペルオキシダーゼなど)がある。抗酸化能の向上は、夏季暑熱時の乳生産と繁殖の改善につながる可能性があり、そのための飼料給与方法を探索する必要がある。加えて、夏季暑熱がエネルギー代謝に及ぼす影響の研究が重要となるであろう。
本報告では、まず、夏季の暑熱が、乳牛の繁殖状況の変化を通じて、乳生産に及ぼす影響について、演者が所属する広島大学農場に蓄積されているデータを用いた解析結果を紹介する。次に、夏季暑熱時の乳牛に見られる生理的な変化の概要を、文献を引用しながら紹介して、対応策の展望につなげたい。
1.広大農場における夏季暑熱が乳生産に及ぼす影響
広島大学農場では、2011年3月に全自動搾乳システム(Automatic milking system、AMS)が導入され、搾乳は基本的にこのシステムで行われた。育成牛と乾乳牛および分娩直前から分娩後約1週間の乳牛は、搾乳牛舎とは別の畜舎で飼養されていた。なお、今回解析に用いたデータは、黒川ら(2019)が用いたデータセットの一部である。搾乳牛の頭数は、若干の増減はあるが、20~25頭を推移している。
・季節ごとの乳牛分娩頭数の変化
搾乳牛を12-2月、3-5月、6-8月、9-11月に分娩する、「分娩月群」に分け、2000年度から2018年度までのデータを用いて、分娩月群ごとの分娩頭数を算出した。その結果、分娩月群ごとの平均が58頭、3-5月が23頭で最も少なく、分娩月群ごとの頭数の違いが有意であった(P<0.05)。3-5月に分娩する乳牛の受胎月はおよそ6-8月で、この時期の受胎が少なかった結果であり、夏季の暑熱が、牛群における泌乳ステージの構成に影響を及ぼしていたことが示唆された。また、3-5月に分娩した乳牛は、6-8月に泌乳のピークを迎えるため、牛群全体としての、夏季の乳生産量低下のひとつの要因になると考えられた。
・分娩月による乳生産量の変化
上述の分娩月群ごとの搾乳牛の乳生産について、AMS導入後の2011年3月から2018年までの個体ごとの日乳量のデータから求められた、Wood(1967)の泌乳曲線モデル(yn = a nb exp(-cn)、ynは分娩後n週の平均日乳量、a, b, cは定数)を用いて解析した。このモデルのパラメータa, b, cのうち、パラメータaに対する分娩月群の影響は有意(P<0.05)で、9-11月分娩牛群で最も低い値となった。パラメータaは、泌乳開始直後の乳量に影響するとされ、9-11月分娩牛群で泌乳初期の乳量が低くなることを示す結果であった。6-8月の暑熱期に分娩直前の時期を過ごしたことがその要因のひとつである可能性がある。ただし、求めたパラメータを用いて計算した305日乳量に対する、分娩月群の効果は有意ではなかった。一連の変化は、パラメータaに対する分娩月の影響と、泌乳期における季節の影響との、総合的な効果の結果と考えられた。
2.夏季暑熱時の乳牛に見られる生理的な変化の概要と対応策
・生理的な変化など
暑熱の影響を受けた乳牛に起きる、最も一般的な生理状態の変化は、直腸温(体温)の上昇である。それに伴ってエネルギー代謝の変化が起こり、血中グルコースの低下などにつながることが知られている。また、暑熱の影響で、酸化ストレスの方向に傾くことも知られている。酸化ストレスとは、呼吸の際に発生する活性酸素に由来する酸素毒が、それを消去する抗酸化能を上回る状態のことを言う。酸素毒は、細胞内の脂質、タンパク質、核酸などを酸化して、疾病の原因となる。抗酸化能を持つ抗酸化物質には、ビタミンA、C、Eなどがある。ここにあげたエネルギー代謝の変化、酸化ストレスの傾向は、乳牛の夏季暑熱の影響を論じた、乳生産および繁殖を取り扱う総説の双方で取り上げられている。
・対応策
まず、可能な限り暑熱の影響を緩和するために、畜舎環境を改善することが重要である。搾乳牛の畜舎のみならず、乾乳牛や育成牛の畜舎の暑熱対策も重要である。また、酸化ストレスを予防する抗酸化物質の動態に関する研究は重要と考えられる。乳牛の抗酸化物質には、飼料として摂取する必要があるもの(ビタミンA、Eなど)と、原料を摂取して乳牛体内で合成されるもの(ビタミンC、グルタチオン、グルタチオンペルオキシダーゼなど)がある。抗酸化能の向上は、夏季暑熱時の乳生産と繁殖の改善につながる可能性があり、そのための飼料給与方法を探索する必要がある。加えて、夏季暑熱がエネルギー代謝に及ぼす影響の研究が重要となるであろう。