[AW-05] ATP合成とその効率的利用機構に着眼したブタ精子運動、受精機構の解析
雄の生殖細胞である精子は,細胞質における解糖系,あるいはミトコンドリアで産生されるアデノシン3リン酸(ATP)依存的に精子尾部を振幅させる.我々は,ブタ精子を用いて,尾部が中片部を軸に対称的な振幅をするとき,精子は直線状に運動し,尾部を起点に大きく非対称的に振幅するとき,精子はジグザグ運動を行うことを明らかとした.このような精子運動は,雌の副生殖器官内に射出された後,システマティックに移り変わっており,子宮内における直進運動は,多くの精子が卵管へと到達するために重要であり,卵管内におけるジグザグ運動は,精子が卵へと侵入するために必須である.したがって,ATP依存的な精子の運動パターンの制御機構が,受精の成立に必要不可欠であると言えるが,それは全く明らかとなっていない.そこで本研究では,ATP産生と利用機構の違いが精子運動パターンを制御し,精子運動の変化を誘引すると仮説だて,ブタ精子を用いてその立証を試みた. ミトコンドリアATP産生を司る酵素群は,ミトコンドリアゲノム(mtDNA)と核DNAにそれぞれコードされている.そこで,ミトコンドリア内での翻訳を抑制するクロラムフェニコール添加条件下で精子を培養したところ,ATP産生と直進運動速度が劇的に低下し, mtDNAにコードされる酵素群のタンパク質量が培養時間と共に減少した.したがって,ミトコンドリア由来のタンパク質がブタ精子においてターンオーバーし,それがATP産生を介して精子直進運動を担保することが明らかとなった.その一方で,解糖系の基質であるグルコース濃度の増加は,ミトコンドリア活性を低下させ,ジグザグ運動を誘起したが,乳酸蓄積に伴う精子内pHの低下を引き起こし,その持続時間は短かった.そこで,グルコース濃度ではなく,低酸素環境,細胞膜のコレステロール除去,受精時の卵管液に含まれ解糖系を担保するクレアチン添加という解糖系活性を高める手法を組み合わせたところ,ジグザグ運動が15分から120分まで高く維持することができた.そこで本培養法をブタ体外受精に供試したところ,従来の1000分の1の精子数で受精が完了した. 以上の研究より,ブタ精子において ATP産生・利用機構の違いが直進運動とジグザグ運動を制御し,十分な受精の成功を担保する要因であることが明らかとなった.そして,この精子代謝研究は,家畜の生殖工学的手法や繁殖技術開発へとつながると期待している.