The 130th Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science

Presentation information

シンポジウム

未来をになうAnimal Scienceの発展と展開

Sat. Sep 17, 2022 1:30 PM - 6:00 PM Zoom会場1 (オンライン)

Chairperson: Kei Hanzawa(Faculty of Agriculture, Tokyo University of Agriculture)

4:10 PM - 4:30 PM

[CPS-08] 陸の豊かさを守る手段としての放牧

*Masato Yayota1 (1. Gifu University)

世界中のウシのおよそ1/4,さらにヒツジとヤギの半分以上は,放牧で飼育されており,南極大陸を除く世界の陸地面積のおよそ25%が,家畜の放牧に利用されている。つまり,広大な面積を利用して,人類は自らの食料供給のための多くの家畜を放牧しているが,とくに乾燥地域では,草の生産力を上回る家畜が放牧されることにより砂漠化などの土地の劣化が問題になっている。一方,日本国内でも統計上では,およそ20%のウシが放牧を利用して飼育されているが,乳や肉などの畜産物を生産するための飼育方式としてはあまり一般的とは言えない。放牧は家畜と植物が相互に作用する生態系であり,餌資源となる草の量と質は,それを摂取する家畜や季節の影響を受けて常に変化する。また,放牧されている家畜が,どのような栄養価をもつ草を,いつ,どれだけ摂取したのかを正確に把握することも難しい。放牧地で草を食むウシの姿はなにより“自然”であり,健康にみえるし,それを見ている我々の心を和ませるが,こうした理由から大量かつ効率的・安定的な生産を求める近代的な畜産業とは必ずしも相性がよくなかった。
 近代的な農畜産業が,食料の供給や食生活の質の向上に寄与してきたことは間違いない。一方で,業従事者の減少や高齢化とあいまって,あまり条件のよくない農地や草地,あるいは林地の利用を放棄することにも拍車をかけてきた。農地や草地,林地は,人が自然に働きかけることで創り出した二次的自然であるが,食料などの恵をもたらすだけでなく,多くの動植物の生息地にもなっている。したがって,持続可能な形で活用していく方法を模索する必要がある。
 放牧は,放棄され雑草が繁茂するような農地や草地,あるいは林地に生育する下草を省力的に活用できる有効な手段かもしれない。我々はヤギを放牧することで耕作放棄地の再活用と土地の保全に取り組んできているが,これまでに耕作放棄地の植生でもヤギの飼育は可能であり,かつ放牧前よりも植物種数および多様性が増加することを明らかにしてきた。また,管理をしない場合や人力で除草した場合に比べ,放牧の方が植物の種数と多様性が増加することを示唆する結果も得ている。さらに,ササが優占する林地に黒毛和種繁殖牛を放牧した場合,春から夏にかけてはウシの栄養を満たせるが,秋にはエネルギー摂取量が不足するなどの適切な管理に必要な条件を示唆してきた。
 放牧を家畜の生産や環境保全に活かすには,餌資源である草の量や質を把握し,かつ放牧された家畜がどこで,何をしているのか知る必要がある。かねてよりのこの難題は,ICT・IoTを活用することにより解決が可能になってきている。例えば,上空からドローンによって撮影した草地のスペクトル画像を解析することで,草の量やタンパク質の含量を推定することは,既に可能になっている。放牧家畜の居場所はGPSを使うことで把握することは難しくはなく,加速度センサを家畜の体につけてセンサの振動の頻度や方向から,休んでいる,草を食べている,反芻しているなどの行動を判別することも技術的に可能になってきている。我々は,家畜の頭部に装着した6軸加速度センサの動きを機械学習により判別することで,家畜が食べている草の違いが識別可能かも試みている。
 SDGsの推進にみられるように,社会が畜産に求めるものは,従来の安価で,安定的な畜産物の供給に加え,持続可能であり,かつ環境の保全にも貢献できる産業になることである。放牧は,「環境にやさしい」あるいは「持続可能な」飼育方式として,そのポテンシャルが宣伝されることがよくあるが,科学的な証拠と新たなテクノロジーの力を得ることで,その能力を顕在化できる。

【略歴】 岐阜大学応用生物科学部 教授。帯広畜産大学畜産学部を1995年に卒業,北海道大学大学院農学研究科博士後期課程を2000年に修了(博士[農学])。同年から岐阜大学に勤務し,2017年より現職。ウシやヤギの放牧による野草地,林地,耕作放棄地の利用と保全に関する研究に取り組んでいる。