[AW-03] 家畜の卵胞・卵子の選択機構に関する研究と後進者の育成
哺乳類の卵巣内には、胎児期に体細胞分裂を終えて減数分裂を途中で止めた状態の多くの卵母細胞が、性成熟するまで休眠している。性成熟後、卵胞に包まれた卵母細胞が発育・成熟して排卵する。この過程で99%以上が選択的に死滅するが、この調節機構には不明な点が多いので、私たちは、完全性周期動物でありかつ顕微鏡下に個々の卵胞を分離して細胞を単離できる主要な家畜の豚を用いて研究をすすめた。その結果、卵胞の顆粒層細胞において細胞死リガンド・細胞死受容体系によって誘起されるアポトーシスが選抜に支配的に関わっていることを示せた。次いで、細胞死受容体を介する細胞内のシグナル伝達を調節している分子機構を明らかにし、それに基づいた優良な雌家畜の増産に応用可能な卵胞の救命法を開発した。すなわち、細胞死受容体を介する卵胞顆粒層細胞死調節メカニズムに関する研究成果を踏まえた卵巣内未成熟卵胞の卵胞発育促進と死滅予防法を開発して食肉市場由来の卵巣組織内未成熟卵胞の体外成熟による救命を具現化した。このような技術は、家畜の改良増殖に貢献するだけでなく、遺伝子編集やノックアウト(KO)家畜の作出に供する成熟卵子の大量供給などに役立つものであり、このような卵胞・卵母細胞の死滅制御に関わる研究成果をいかして、わが国の畜産に大打撃を与えた牛海綿状脳症の解決策のひとつとして作出された病原体プリオンタンパクの遺伝子をKOした黒毛和種牛の健常性を多面的に実証した。このような卵巣の生理学に加えて筋肉の組織学的研究などの多くの業績が日本畜産学会、日本繁殖生物学会、アジア獣医解剖学会などにおいて高く評価され、1998年には日本畜産学会賞が授与された。 後継者の指導育成において、東京大学(2004-2015年)で博士号を主査として11名(8名が国内外の大学教員として活躍中)、副査として16名に授与した。また、畜産学領域の学部学生向けの教科書として「畜産学」、「図説動物形態学」、「哺乳類の生殖生物学」、「動物生殖学」、「新動物生殖学」、「繁殖生物学」、「牛病学第3版」、「獣医組織学」、「ウシの解剖」、「カラーアトラス獣医解剖学」、「獣医発生学」などを分担執筆し、大学院生向け専門書として英文の「The Ovary第2版」、「Gamete Biology」、和文の「卵子研究法」、「卵子学」などを分担執筆し、広く畜産学の理解を広めるために「ウマの動物学第2版、ウシの動物学第2版、イヌの動物学第2版、ブタの動物学第2版、ニワトリの動物学第2版」を編集した。また、山形大学、東北大学、新潟大学、静岡大学、山口大学、島根大学、高知大学、宮崎大学、麻布大学、北里大学の非常勤講師として多くの学生を対象に家畜飼養衛生管理、家畜繁殖・増殖、家畜発生などの講義や実習を行った。加えて、中華人民共和国中国農業大学、延辺大学、タイ王国カセサート大学などの客員教授として講義を行うとともに博士課程大学院学生を受け入れるなどの国際交流を進めた。 学会活動として、日本畜産学会の評議員、理事として運営に努力し、機関誌の編集委員も務め、併せて諸外国の畜産学学術誌の編集委員などを務めてきている。畜産学に関連する日本繁殖生物学会では、機関紙の編集委員長としてインパクトファクターの獲得に貢献し、理事長として学会の総力を結集した教科書「繁殖生物学」の出版を実現するなど学会の活性化につとめた。加えて、日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員として、それまで医学領域に振り分けられていた実験動物学を畜産学領域の一分野とするなど畜産学分野の科学研究費補助金の選考システムの改善につとめた。このように、日本畜産学会理事、日本繁殖生物学会理事長、日本獣医解剖学会理事などを務め、基礎領域(解剖・生理)から実用技術開発(繁殖)まで多面的に畜産学の振興に貢献してきた。 社会貢献として、農林水産省食料・農業・農村政策審議会専門委員として飼養衛生管理マニュアルの作成などに貢献し、内閣府食品安全委員会座長として畜産物の安全を担保することにつとめてきている。加えて、日本学術会議の畜産学分科会委員長として畜産学の教育研究の充実につとめるとともに、日本畜産学アカデミー事務局長として市民公開シンポジウムの開催などを通じて畜産学が広く理解されて市民から共感されるようつとめ、併せて家畜改良センター理事、中央畜産会理事、日本中央競馬会経営委員などとして、わが国の畜産振興を支援してきた。