[PD1-5] 医療事故と刑事事件
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「司法警察員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するもの」とされている(刑訴法189条2項)。医療刑事事件で問題となる「犯罪」は業務上過失致死傷罪である。捜査の端緒となるのは、遺族による被害届及び医療機関からの届出(医師法21条の誤解に基づく届出を含む)が最も多い。届出があっても、警察が「業務上過失致死傷罪が成立すると思料しない」場合には捜査を開始しない。犯罪の成否の見通しがどうであれ、遺族が望まないのに捜査は開始されないと考えてよい。事故後の、遺族に対する誠実で適切な説明が被害届を提出しないことにつながる。 捜査の開始時に遺体が焼却されていなければ、司法解剖に付される可能性がある。診療録や検査記録等診療に関する諸記録が収集される。当該の医療行為に関与した医師、看護師がほぼ全て調べられる。被疑者の絞り込みが行われる。その一方で捜査機関は法医学や当該医療の専門家に意見を聞く。捜査機関はこのような捜査によって、被疑者に対する予見義務(予見可能性)、結果回避義務(結果回避可能性)、因果関係等について一定の見立てをする。その見立てに沿ってさらに証拠を集め取調べを重ねる。捜査の主体ははじめ警察官、送検後は検察官となる。検察官が不起訴、略式起訴、正式起訴等の最終的な処分を決める。この期間は通常の事件とは違って1年以上かかることがめずらしくない。正式起訴され、過失の存否を争うと、判決までに数年はかかる。 捜査が始まると(あるいはそれ以前から)、医師、看護師がまず第一にすべきことは、刑事事件に堪能な弁護士に相談することである。その上で、利害対立の可能性を考えて、被疑者とされる医師、看護師の数に応じて複数の弁護士を弁護人に選任する。手術室等を案内し、実際に使用した医療器具等を用いて弁護人に説明する。問題となる医療行為に関する医学文献等を収集して弁護人に提供する。要するに、弁護人に勉強させて、事故に直接結びつくような狭い範囲だけでも、優れた医師の知識と同等の知識を持たせる。 弁護人は依頼人である医師、看護師から基礎的な教えを受けた上、さらに文献を調べ、専門医の意見を聞き、予見義務(予見可能性)、結果回避義務(結果回避可能性)、因果関係等に関する捜査機関の見立てのいずれか一つでも誤りがあれば、不起訴を目指すことになる。弁護人の意見に沿う文献を集め、専門家の意見を証拠化して、検察官に嫌疑不十分による不起訴処分をするよう働きかける。過失を争うことが困難な場合には、被疑者に有利な情状を集めて起訴猶予を働きかける。不起訴処分が困難な場合には次に略式起訴を目指す。正式起訴された場合には改めて検察官請求証拠を検討して争うべきところがあれば争う。なお、改正医療法に基づく事故調査制度は目的も手続も刑事事件の存否とは切り離されたものとして設計されているが、実際には調査が影響を及ぼす可能性がある。