[SP16-4] 運動錯覚が促す神経可塑性
体性感覚や視覚といった様々な感覚入力によって、運動をしている感覚を知覚させることができる。これを運動錯覚という。運動錯覚が誘導されると、現実には自身の身体が随意的にも他動的にも動いていないにも関わらず、あたかも動いているかのように認知する。四肢の運動錯覚は、振動刺激や皮膚への伸張刺激、視覚刺激といった様々な感覚刺激によってもたらされ、脳卒中などの神経損傷や運動器障害による運動機能低下、さらには疼痛に対する治療としてもその有効性が検討されている。運動錯覚が生体に及ぼす影響については、経頭蓋磁気刺激(TMS)や脳波を用いた電気生理学的研究や機能的磁気共鳴画像法による脳機能イメージング研究など、多岐にわたる報告がみられる。例えば、視覚刺激(仮想的な四肢の映像)を用いて運動感覚の知覚を錯覚させる視覚誘導性運動錯覚(Kinesthetic Illusion Induced by Visual Stimulation: KINVIS)では、KINVISを誘導した映像で再現される運動方向や身体部位に依存して、運動誘発電位(MEP)振幅が増大する(Kaneko F et al. 2007)。また、四肢の筋腱に振動刺激を付与することで筋紡錘Ia群線維に発射活動を生じさせ、刺激された筋が伸張する方向への関節運動が生じているように認知させる運動錯覚では、刺激された筋ではなく拮抗筋(錯覚した運動の主動作筋)に筋活動が生じる(Feldman AG et al. 1982)。この筋活動は振動刺激を付与しても錯覚が生じない状況下ではみられないこと、さらに振動刺激に限らず、KINVIS中にも類似した筋活動が生じることから、運動錯覚は受動的に筋活動が生じるほど強く運動出力系に影響を及ぼすことが示唆される。また、運動錯覚に関連する脳神経回路は、運動錯覚を誘導する感覚種によって違いはあるものの、実運動時と重複した多くの運動関連領域に活動がみられることがわかっている(Kaneko F et al. 2015, Romaiguere P et al. 2003)。このような生理学的背景をもつ運動錯覚が神経可塑性に及ぼす影響は、主にTMSを用いて検証されている。例えば、KINVISを数日間反復することにより、一次運動野における標的筋の機能的支配領域は拡大することが報告されている。また、運動錯覚は単独であっても一定時間継続することによって運動関連領域の神経可塑性を誘導する効果があるが、近年ではさらに末梢神経電気刺激や経頭蓋直流電気刺激、あるいは運動イメージや他の感覚入力などを組み合わせることでこの効果が高まることが示唆されている。本シンポジウムでは、運動錯覚が神経可塑性に及ぼす影響に焦点をあててレビューするとともに、最新の知見について紹介する。