日本臨床神経生理学会学術大会 第50回記念大会

講演情報

ワークショップ

ワークショップ3 問題症例の神経筋診断

2020年11月26日(木) 16:30 〜 18:00 第7会場 (2F J)

座長:有村 公良(大勝病院)、畑中 裕己(帝京大学 神経内科)

[WS3-3] 左下垂指を呈した70歳男性

逸見祥司 (川崎医科大学 神経内科)

 症例:患者は70歳男性。2ヵ月半前に左下垂指を呈し、「左指が動かない、しびれている」と訴えて来院した。前医でC8神経根症を疑われてMRI検査を実施され、軽度な頸椎症性変化が指摘されたが、C8障害をきたすような画像所見は認められなかった。徒手筋力テスト(MMT)で、EI、EDに2-の高度な麻痺を認めた他に、ECUに3-、FDI、ADMに4、TB、Latissimus Dorsiに4+の筋力低下が認められた。一方、APB、手指屈筋(FDS、FDP)、手根屈筋(FCUを含む)、ECR、Brachioradialis、BB、Deltoidの筋力は正常だった。しびれ感は小指が主だが、環指、中指にもわずかに認められた。なお、はっきりとしたring finger splittingは認められなかった。腱反射は、左上腕三頭筋反射のみ減弱していた。針筋電図では、安静時にEI、ECU、FDI、TBにて多量の線維自発電位・陽性鋭波が出現したが、APB、ECRは正常所見だった。随意収縮時、特にEI、ECUで運動単位数が著しく減少していた。臨床現場でしばしば遭遇する身体一側の上肢が動かなくなった限局性麻痺の一例である。下垂指の原因として前医でC8障害が疑われたが、C8支配中心のEI、ED、ECUと、FDP、FCU、FDI、ADMとの間で筋力に大きな差を生じていた点がおかしかった。なお、下垂指を診断するうえで、C8障害との鑑別上問題となる疾患に後骨間神経麻痺(posterior interosseous neuropathy: PIN)が挙げられるが、PIN単独の障害では運動麻痺の広がりが説明できず(FDI、ADM、TB、Latissimus Dorsi等)、感覚障害のある点もおかしかった。限局性麻痺には本例のように必ずしも診断が容易ではないものがあり、病歴、臨床症候、電気生理学的所見などから正しい結論を導き出す能力が求められる。筋力低下をきたす症例の診断において、MMTは筋力だけでなく、運動麻痺の広がりを判定するうえでも大切である。針筋電図はベットサイドで得た神経診察を補完する目的で行われる。安静時における線維自発電位・陽性鋭波の出現は、運動麻痺の広がりを判定するうえでMMTと同様の意義を持つ。脱神経の分布が単一の髄節ないし末梢神経に限局していれば診断は比較的容易であるが、double crush syndromeのように複数にまたがっていればやや困難となる。本例のように神経症候が単一の髄節ないし末梢神経に対応しない場合は、病変が複数にまたがっている可能性を考慮して、見誤らないようにしなければならない。その場合、それぞれの病変部位で発症時期、病因、障害の程度がさまざまなので、病状に応じて治療方針を区別して決定することが重要である。MMTのグレードや残存運動単位数は、各々の髄節ないし末梢神経の障害の程度の差を知るうえで非常に有用である。