[03心-ポ-73] 打鍵音に埋め込まれたピアニストの打鍵動作
ピアノの打鍵動作において,熟練者は体幹の動きに依存して生成される力量をうまく打鍵に利用できるが,未熟練者は腕や指などの抹消部分が自発的に発揮する力に頼りがちである.本研究では熟練者が弾いた2つの音:1)体幹から生ずる動作依存力で弾いた音(A音)と2)故意に発生させた末梢部分の筋張力で弾いた音(B音)とを音楽経験が異なる2群に提示し,弁別能力に関する群間差を確認した.演奏経験が豊富なピアニスト1名に対してイ音を生成するように依頼した.まず肩から力を抜き,指先を固くして自重を指先に乗せ,さらに打鍵の直後に指の力を抜き,指の付け根で自重を支えるようにA音を30回打鍵させた.次に上肢全体に力を入れ,さらに手首から先のみで強く打鍵させるようにB音を30回打鍵させた.音楽経験者8名(E群)と音楽未経験者8名(I群)に対してA音とB音を乱順で提示し,あらかじめ提示したA音と同質か異質かを手元のキーで応答させた.正誤FBを与えずにPre-testを行わせ,続いて正誤FBを与えながらtraining課題12回を3ブロック,最後に再び正誤FBを除去してPost-testを行わせた.Pre-testとPost-testの双方でE群の誤答は皆無であった.一方,I群のPre-testの成績は60%程度に留まったがPost-testの成績は80%程度まで向上した.演奏家は作曲家の残した楽譜の情報を頼りに楽器を演奏し,作曲家が意図した音楽を再現する.このとき演奏家は聴きながら弾くことで,生成される音をイメージした音に合わせて瞬時に修正する.E群の弁別能力の優位はこうした演奏・訓練経験に基づくものと考えられる.一方でI群に見られた有意なトレーニング効果は,打鍵を伴わない音聴取のみの心理訓練で音の知覚・生成能力を鍛えられることを示唆する.