[P-KS-08-3] 感覚記憶の構築が運動錯覚生成に及ぼす効果
Keywords:記憶, 感覚, 錯覚
【はじめに,目的】
感覚は生体が身体運動を制御するための手かがりとして機能する。運動に付随する感覚表象を適切に構築することは運動障害の理学療法を行う上で極めて重要である。我々は,運動感覚を治療的(人為的)に生成する手段として視覚による錯覚体験を利用するミラーセラピー法(以下,MT)に着目し,錯覚による運動感覚(以下,運動錯覚)の生起は個々の運動を表象する感覚記憶(内部モデル)と運動時に起こる末梢受容器を介した感覚体験との相互作用によるとの仮説を,昨年の本学会において提起した。今回我々は,上記仮説の一端を立証することを目的に,運動学習を介した内部モデルの構築が,MTによる運動錯覚の生成を促進することを報告する。
【方法】
右利き健常人16名(学習群8名,対照群8名)に以下2つの課題映像を各1分間タブレット(iPad)を用いて観察させた。①単純課題:左手が「グー・パー」を順に1Hzのリズムで行う映像。②複雑課題:左手が掌上で2個のピンポン玉(ボール)を回す映像。各課題映像は対象者の左手に重ねて観察させることで,被験者の手の運動として知覚できるよう設定した。各課題終了後に,映像手の動きがどの程度自分の左手の動きとして感じられたかをNumeric Rating Scale(以下,NRS)で評価した。両課題終了後,実際に1分間のボール回し(複雑課題運動)を行い,その回数を記録した上,学習群はその後この課題を3日間練習した。3日後,両群共に再度上記2課題を行いNRSを計測した。各課題における学習前後の錯覚強度(NRS値)の差を,Wilcoxon符号順位和検定を用い比較した。有意水準は5%とし,Bonferroni補正を行った。
【結果】
運動錯覚の強度を表すNRS値は以下の通りであった(中央値{四分位数})。学習群単純課題:学習前5.5{3.5,7.5}・学習後7.0{4.8,7.5};複雑課題:学習前4.0{3.2,5.4}・学習後6.5{4.2,7.7}。対照群単純課題:初回4.5{3.2,5.6}・2回目4.5{4.0,7.0};複雑課題:初回3.5{2.2,4.7}・2回目3.5{3,5.7.5}。学習群の複雑課題のみ学習前後で有意差を認めた(p=0.01)。ボール回し課題の結果(平均回数±標準誤差)は学習群が学習前18.0±1.7,学習後36.5±2.2で51.3%の向上(運動学習)を認めた(p<0.01)。対照群は初回17.7±0.9,2回目19.5±1.05で有意差はなかった。
【結論】
MTにより起こる運動錯覚の強度は運動学習を行わせた学習群の複雑課題においてのみ有意に増加した。この結果は,運動学習の成立に伴い構築される内部モデル(運動に関わる感覚記憶)の状態が,視覚を介して想起される運動感覚(錯覚)の強度(リアリティ)を決定づけるという我々の仮説を支持するものである。この知見は,運動障害を有する患者において感覚構築を促すための基礎的情報を提供すると共に,ヒトが知覚する感覚体験のリアリティを構成する認知的メカニズムの一端を明らかにするものである。
感覚は生体が身体運動を制御するための手かがりとして機能する。運動に付随する感覚表象を適切に構築することは運動障害の理学療法を行う上で極めて重要である。我々は,運動感覚を治療的(人為的)に生成する手段として視覚による錯覚体験を利用するミラーセラピー法(以下,MT)に着目し,錯覚による運動感覚(以下,運動錯覚)の生起は個々の運動を表象する感覚記憶(内部モデル)と運動時に起こる末梢受容器を介した感覚体験との相互作用によるとの仮説を,昨年の本学会において提起した。今回我々は,上記仮説の一端を立証することを目的に,運動学習を介した内部モデルの構築が,MTによる運動錯覚の生成を促進することを報告する。
【方法】
右利き健常人16名(学習群8名,対照群8名)に以下2つの課題映像を各1分間タブレット(iPad)を用いて観察させた。①単純課題:左手が「グー・パー」を順に1Hzのリズムで行う映像。②複雑課題:左手が掌上で2個のピンポン玉(ボール)を回す映像。各課題映像は対象者の左手に重ねて観察させることで,被験者の手の運動として知覚できるよう設定した。各課題終了後に,映像手の動きがどの程度自分の左手の動きとして感じられたかをNumeric Rating Scale(以下,NRS)で評価した。両課題終了後,実際に1分間のボール回し(複雑課題運動)を行い,その回数を記録した上,学習群はその後この課題を3日間練習した。3日後,両群共に再度上記2課題を行いNRSを計測した。各課題における学習前後の錯覚強度(NRS値)の差を,Wilcoxon符号順位和検定を用い比較した。有意水準は5%とし,Bonferroni補正を行った。
【結果】
運動錯覚の強度を表すNRS値は以下の通りであった(中央値{四分位数})。学習群単純課題:学習前5.5{3.5,7.5}・学習後7.0{4.8,7.5};複雑課題:学習前4.0{3.2,5.4}・学習後6.5{4.2,7.7}。対照群単純課題:初回4.5{3.2,5.6}・2回目4.5{4.0,7.0};複雑課題:初回3.5{2.2,4.7}・2回目3.5{3,5.7.5}。学習群の複雑課題のみ学習前後で有意差を認めた(p=0.01)。ボール回し課題の結果(平均回数±標準誤差)は学習群が学習前18.0±1.7,学習後36.5±2.2で51.3%の向上(運動学習)を認めた(p<0.01)。対照群は初回17.7±0.9,2回目19.5±1.05で有意差はなかった。
【結論】
MTにより起こる運動錯覚の強度は運動学習を行わせた学習群の複雑課題においてのみ有意に増加した。この結果は,運動学習の成立に伴い構築される内部モデル(運動に関わる感覚記憶)の状態が,視覚を介して想起される運動感覚(錯覚)の強度(リアリティ)を決定づけるという我々の仮説を支持するものである。この知見は,運動障害を有する患者において感覚構築を促すための基礎的情報を提供すると共に,ヒトが知覚する感覚体験のリアリティを構成する認知的メカニズムの一端を明らかにするものである。