日本地震学会2019年度秋季大会

講演情報

B会場

一般セッション » S06. 地殻構造

[S06]PM-2

2019年9月17日(火) 15:15 〜 17:00 B会場 (国際科学イノベーション棟シンポジウムホール)

座長:石山 達也(東京大学地震研究所)、利根川 貴志(海洋研究開発機構)、小松 正直(岡山大学大学院自然科学研究科)

16:15 〜 16:30

[S06-20] リチウム同位体を用いた四国中央構造線付近の湧水中のスラブ起源流体の検出

*西尾 嘉朗1、藤内 智士1、井口 優1、中村 笑佳1 (1. 高知大学)

日本のような沈み込み帯においては,海溝を通じて地下深部に注入された海洋プレートから,地下深部の高温高圧によって水が放出される(=「脱水」が進行する)。一方,沈み込んだプレートの年代が大きく異なる太平洋プレートとフィリピン海プレートでは,脱水の様式が大きく異なる(例えば,片山他, 2010)。東北日本下に沈み込む太平洋プレートは,1.3億年前と古くに海嶺で作られたため低温である。そのため,東北日本の火山前線に達するまでの前弧域で,太平洋プレートからの「脱水」はさほど進行せず,火山前線まで沈み込んで,ようやくプレートから顕著な脱水が起こるようになる。一方,西南日本下に沈み込むフィリピン海プレートは,2千年前に比較的最近に作られたためまだ熱い。そのため,西南日本の火山前線に達するまでの前弧域で,フィリピン海プレートから「脱水」が激しく起こっていることが予測される。前弧域のマントルは,溶融が起こるほど温度が高くないため,西南日本前弧域では,地下深部の高温高圧によってプレートから放出された水が上昇する「水みち」が多数存在することが予測される。そして,その水は地殻内の断層を辿って地表に湧出していると考えられる。この観点から,西南日本前弧域は,プレートから放出された水の調査研究に非常に適した場所といえる。

地下の流体分布の調査研究においては,電気比抵抗構造探査や地震波トモグラフィーといった地球物理学的手法が強力なツールであるが,流体の起源部を特定することは地球物理学的手法では難しい。そこで,地表で採取する湧水の地球化学など物質科学的知見を併用することで,より高度な深部起源流体像を得ることが期待される。しかし,深部由来の流体が地表まで上昇する過程で地表水の混入は避けることができない。これまでも温泉の地球化学的調査研究は行われてきたが,従来から利用されていた伝統的な地球化学指標の多くが地表水混入の影響を大きく受けて,深部由来流体の情報を得ることは困難であった。伝統的地球化学ツールの中でも,ヘリウム同位体指標は地表水混入の影響が少ないが,マントル成分の検出に優れたツールであって,スラブ起源成分を直接検出することはできない。この理由で,これまで湧水試料の中からスラブ起源成分を特定できた地球化学研究はない。

最も軽いアルカリ金属元素であるリチウム(Li)は,水に分配されやすい元素の1つである。岩石を含む水溶液は温度が上昇すると共に,水溶液中のLi濃度が急速に上昇する。実際に河川水のような低温しか経験していない地表水に比べると,温泉水など高温を経験した水のLi濃度は有意に高い。地表水と高温を経験した深部流体のLi濃度の差が極めて大きいため,地表水混入の影響はLiの場合は他の元素に比べるとはるかに小さい。流体相に分配されやすい特徴は,Li以外のアルカリ金属元素の共通した特徴であるが,Liは他のアルカリ金属元素と異なって軽元素の安定同位体比(7Li/6Li)を利用することができる。水と岩石が共存する系において,岩石との反応温度が高くなるほど水溶液の7Li/6Li比は反応した岩石の値に近づき,流体の起源温度の推定を可能とする。特に周囲に火山が存在しない前弧域においては,得られた起源温度から流体の起源深度を推定することができる。このように深部流体の強力なツールとなるLi同位体指標であるが,最近まで分析が困難であったため,他の地球化学指標に比べると得られた知見は限られていた。

中央構造線は日本島弧における最も活動的な断層帯の1つである。断層帯は地下深部の流体の上昇経路として期待され,より深部由来の流体を検出できる。本研究では,西南日本前弧域で上昇するスラブ起源流体を特に四国中央構造線付近の湧水中から検出することを試みた。その結果,四国の中央構造線付近の湧水中のLiはスラブ起源であることが見えてきたため本研究発表で説明する。

参考文献:片山他(2010) 地学雑誌112, 205-223