10:30 AM - 10:45 AM
[S03-11] Lack of inter-plate coupling at the southwestern end of the Ryukyu Trench observed by GNSS/Acoustic geodesy
琉球海溝の南西端に位置する八重山諸島は、1771年4月24日に発生した「八重山津波」と呼ばれる巨大津波によって壊滅的な被害を受けたことが知られている。八重山津波の発生源は未だ議論が続いているが、Nakamura (2009)は、琉球海溝南西端のプレート境界浅部で発生したMw8.0の津波地震が発生源であることを示唆している。そこで我々は、琉球海溝南西端のプレート境界の固着の有無を明らかにするために、2014年10月に波照間島南方沖約40km、水深約3300mの前弧海盆に海底基準局OHTM(図)を設置した。海底基準局は3台のトランスポンダをおおむね水深の1/√2程度の外接円直径をもつ正三角形に配置した。2014年10月から2022年6月まで、2021年を除いて年一回のGNSS/音響測距結合方式による観測を実施し、海底局の座標の変動から固着の有無を推定した。本発表では、すでに解析が済んでいる2014年10月~2020年9月の結果に、現在解析中の2022年の結果を併せて報告する予定である。
海底局の座標は、解析プログラム群OCDASAN(Ocean-bottom Crustal Deformation Analysis tool for Study in Ando labo. Nagoya university)を用いてIkuta et al. (2008)によって提案された方法で推定した。本研究では、3台のトランスポンダの重心を海底局の座標と定義している。OCDASANは、(1)海中の音速構造は水平成層をなしており、一定の滑らかさで時間変化する、(2)3台のトランスポンダの構成は不変、という2つの仮定のもと罰則付き最小二乗法を解くことにより海底局の座標を推定している。
解析の結果、2014年10月~2020年9月のOHTM海底局の移動方向及び移動速度は、揚子江プレートに対して南向きに66.3±10.3mm/yr、東向きに19.0±9.4mm/yrと推定された。また、上下方向は0.0±9.7mm/yrと推定され、上下変動を伴っていないといえる。さらに、この海底局の移動速度は、西表島及び波照間島に設置されている国土地理院の陸上GNSS局で観測された移動速度よりも速い。この結果は、この地域のプレート境界には固着が存在せず、それどころか前弧海盆が上下変動を伴わずに伸長していることを示唆している。
上下変動を伴わずに前弧海盆を伸長させるメカニズムとして、Nagaya et al. (2016)で提案された、琉球海溝のマントルウェッジの先端におけるアンチゴライトの弱い対流が考えられる。アンチゴライトはマントル中のかんらん岩が水和してできる蛇紋岩の一種であり、かんらん岩よりも粘性率が低いのが特徴である。海底局を設置した前弧海盆の地下の比較的浅部にまで、水和してアンチゴライト化したマントルウェッジかんらん岩が侵入し、対流によって前弧ウェッジを海溝側に引き伸ばしていると考えられる。さらに我々は、FreeCAD 0.19(https://www.freecadweb.org/?lang=ja)を用いて、有限要素法を用いて我々の観測結果を再現するモデルを検討した。OHTM直下のプレート境界に固着が無いだけでは足らず、マントルウェッジの先端にウェッジを伸長させる対流が必要であることが示唆された。
本研究の結果は琉球海溝南西端の前弧下に固着が無いことを示しているが、固着の欠損がどの程度広範囲にわたるかを知るには更に海溝に沿って広範囲で海底地殻変動を観測する必要がある。OHTM観測点直下に固着が無い事実は、八重山津波の発生源としてOkamura et al. (2018)のような海溝斜面における海底地すべりが有力な候補であることを支持する。1771年の八重山津波では八重山諸島で強震動があったことが示唆されている(例えばAndo et al. 2018)が、直下型の地震に伴う海底地すべりであったと考えても矛盾はない。将来、海底地すべりにより八重山津波の規模の津波が強震動を伴わずに生じる可能性も考えられる。減災のためには海盆上に海底津波計などを設置し、発生した津波を直接監視するシステムが有効である。
今後の計画として、波照間島沖の海底地殻変動観測を続けるほか、宮古島南方沖の宮古深海平坦面に新たな海底局を設置し、この地域のMw8.0クラスのプレート境界地震を発生させうる固着の有無を明らかにしていく予定である。
引用文献
Ando, M., Kitamura, A., Tu, Y., Ohashi, Y., Imai, T., Nakamura, M., Ikuta, R., Miyairi, Y., Yokoyama, Y., and Shishikura, M, 2018, Source of high tsunamis along the southernmost Ryukyu trench inferred from tsunami stratigraphy. Tectonophysics, 722, 265 -276. https://doi.org/10.1016/j.tecto.2017.11.007
Ikuta, R., Tadokoro, K., Ando, M., Okuda, T., Sugimoto, S., Takatani, K., Yada, K., and Besana G.M. 2008, A new GPS-acoustic method for measuring ocean floor crustal deformation: Application to the Nankai Trough. Journal of Geophysical Research Solid Earth, 113, B02401. https://doi.org/10.1029/2006JB004875
Imamura, F., Yoshida, Y., & Moore, A., 2001, Numerical study of the 1771 Meiwa tsunami at Ishigaki Island, Okinawa and the movement of the tsunami stones. Proceedings of Coastal Engineering, JSCE, 48, 346–350 (in Japanese). https://doi.org/10.2208/proce1989.48.346
Nakamura, M., 2006, Source Fault Model of the 1771 Yaeyama Tsunami, Southern Ryukyu Islands, Japan, Inferred from Numerical Simulation. Pure and Applied Geophysics, 163, 41-54. https://doi.org/10.1007/s00024-005-0007-9
Nakamura, M., 2009, Fault model of the 1771 Yaeyama earthquake along the Ryukyu Trench estimated from the devastating tsunami. Geophysical Research Letters, 36, L19307. https://doi.org/10.1029/2009GL039730
Nagaya, T., Walker, A.M., Wookey, J., Wallis, S.R., Ishii, K., and Kendall, J.M., 2016, Seismic evidence for flow in the hydrated mantle wedge of the Ryukyu subduction zone. Scientific Reports, 6, 29981. https://doi.org/10.1038/srep29981
Okamura, Y., Nishizawa, A., Fujii, Y., and Yanagisawa, H., 2018, Accretionary prism collapse: a new hypothesis on the source of the 1771 giant tsunami in the Ryukyu Arc, SW Japan. Scientific Reports, 8:13620. https://doi.org/10.1038/s41598-018-31956-8
海底局の座標は、解析プログラム群OCDASAN(Ocean-bottom Crustal Deformation Analysis tool for Study in Ando labo. Nagoya university)を用いてIkuta et al. (2008)によって提案された方法で推定した。本研究では、3台のトランスポンダの重心を海底局の座標と定義している。OCDASANは、(1)海中の音速構造は水平成層をなしており、一定の滑らかさで時間変化する、(2)3台のトランスポンダの構成は不変、という2つの仮定のもと罰則付き最小二乗法を解くことにより海底局の座標を推定している。
解析の結果、2014年10月~2020年9月のOHTM海底局の移動方向及び移動速度は、揚子江プレートに対して南向きに66.3±10.3mm/yr、東向きに19.0±9.4mm/yrと推定された。また、上下方向は0.0±9.7mm/yrと推定され、上下変動を伴っていないといえる。さらに、この海底局の移動速度は、西表島及び波照間島に設置されている国土地理院の陸上GNSS局で観測された移動速度よりも速い。この結果は、この地域のプレート境界には固着が存在せず、それどころか前弧海盆が上下変動を伴わずに伸長していることを示唆している。
上下変動を伴わずに前弧海盆を伸長させるメカニズムとして、Nagaya et al. (2016)で提案された、琉球海溝のマントルウェッジの先端におけるアンチゴライトの弱い対流が考えられる。アンチゴライトはマントル中のかんらん岩が水和してできる蛇紋岩の一種であり、かんらん岩よりも粘性率が低いのが特徴である。海底局を設置した前弧海盆の地下の比較的浅部にまで、水和してアンチゴライト化したマントルウェッジかんらん岩が侵入し、対流によって前弧ウェッジを海溝側に引き伸ばしていると考えられる。さらに我々は、FreeCAD 0.19(https://www.freecadweb.org/?lang=ja)を用いて、有限要素法を用いて我々の観測結果を再現するモデルを検討した。OHTM直下のプレート境界に固着が無いだけでは足らず、マントルウェッジの先端にウェッジを伸長させる対流が必要であることが示唆された。
本研究の結果は琉球海溝南西端の前弧下に固着が無いことを示しているが、固着の欠損がどの程度広範囲にわたるかを知るには更に海溝に沿って広範囲で海底地殻変動を観測する必要がある。OHTM観測点直下に固着が無い事実は、八重山津波の発生源としてOkamura et al. (2018)のような海溝斜面における海底地すべりが有力な候補であることを支持する。1771年の八重山津波では八重山諸島で強震動があったことが示唆されている(例えばAndo et al. 2018)が、直下型の地震に伴う海底地すべりであったと考えても矛盾はない。将来、海底地すべりにより八重山津波の規模の津波が強震動を伴わずに生じる可能性も考えられる。減災のためには海盆上に海底津波計などを設置し、発生した津波を直接監視するシステムが有効である。
今後の計画として、波照間島沖の海底地殻変動観測を続けるほか、宮古島南方沖の宮古深海平坦面に新たな海底局を設置し、この地域のMw8.0クラスのプレート境界地震を発生させうる固着の有無を明らかにしていく予定である。
引用文献
Ando, M., Kitamura, A., Tu, Y., Ohashi, Y., Imai, T., Nakamura, M., Ikuta, R., Miyairi, Y., Yokoyama, Y., and Shishikura, M, 2018, Source of high tsunamis along the southernmost Ryukyu trench inferred from tsunami stratigraphy. Tectonophysics, 722, 265 -276. https://doi.org/10.1016/j.tecto.2017.11.007
Ikuta, R., Tadokoro, K., Ando, M., Okuda, T., Sugimoto, S., Takatani, K., Yada, K., and Besana G.M. 2008, A new GPS-acoustic method for measuring ocean floor crustal deformation: Application to the Nankai Trough. Journal of Geophysical Research Solid Earth, 113, B02401. https://doi.org/10.1029/2006JB004875
Imamura, F., Yoshida, Y., & Moore, A., 2001, Numerical study of the 1771 Meiwa tsunami at Ishigaki Island, Okinawa and the movement of the tsunami stones. Proceedings of Coastal Engineering, JSCE, 48, 346–350 (in Japanese). https://doi.org/10.2208/proce1989.48.346
Nakamura, M., 2006, Source Fault Model of the 1771 Yaeyama Tsunami, Southern Ryukyu Islands, Japan, Inferred from Numerical Simulation. Pure and Applied Geophysics, 163, 41-54. https://doi.org/10.1007/s00024-005-0007-9
Nakamura, M., 2009, Fault model of the 1771 Yaeyama earthquake along the Ryukyu Trench estimated from the devastating tsunami. Geophysical Research Letters, 36, L19307. https://doi.org/10.1029/2009GL039730
Nagaya, T., Walker, A.M., Wookey, J., Wallis, S.R., Ishii, K., and Kendall, J.M., 2016, Seismic evidence for flow in the hydrated mantle wedge of the Ryukyu subduction zone. Scientific Reports, 6, 29981. https://doi.org/10.1038/srep29981
Okamura, Y., Nishizawa, A., Fujii, Y., and Yanagisawa, H., 2018, Accretionary prism collapse: a new hypothesis on the source of the 1771 giant tsunami in the Ryukyu Arc, SW Japan. Scientific Reports, 8:13620. https://doi.org/10.1038/s41598-018-31956-8