日本地震学会2022年度秋季大会

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A会場

一般セッション » S08. 地震発生の物理

[S08] AM-1

2022年10月26日(水) 09:30 〜 10:45 A会場 (1階(かでるホール))

座長:三反畑 修(防災科学技術研究所)、山下 太(国立研究開発法人防災科学技術研究所)

09:45 〜 10:00

[S08-19] プレート境界の力学的カップリングの推定:相模トラフ沿いプレート境界で発生する大地震の多様性

*野田 朱美1、齊藤 竜彦2 (1. 気象庁気象研究所、2. 防災科学技術研究所)

相模トラフ沿いプレート境界では、過去に1703年元禄関東地震(M8.1)、1923年大正関東地震(M7.9)が発生して関東地域に甚大な被害をもたらした。地震時の鉛直変位や津波浸水域の観測記録から、これら2地震の震源域は同一ではないことが分かっている(Matsuda et al., 1978)。測地データ解析による大正地震の震源モデル(Matsu'ura et al., 2007)、旧汀線データ解析による元禄地震の震源モデル(Sato et al., 2016)、そしてGNSS変位速度データ解析による地震間のすべり遅れ速度分布(Noda et al., 2013)の比較から、相模トラフ沿いプレート境界には3つの破壊領域があり、元禄地震と大正地震は異なる2つの領域の組合せで破壊が生じたものと推測される。このような複雑な環境下で発生する地震は、元禄地震型・大正地震型の2種類だけだろうか?これまで経験のない大規模/小規模なプレート境界地震が発生する可能性はあるだろうか?これらの問いに答えるためには、地震発生の根本的原因であるプレート境界への応力蓄積を明らかにし、地震発生サイクルの力学モデルを構築する必要がある。そのため本研究では、Saito and Noda (2022) による力学的カップリング推定手法を関東地域に適用し、相模トラフ沿いプレート境界の地震間の応力蓄積速度の推定を試みた。

力学的カップリング推定手法では、地震間の地表の変位速度とプレート間すべり遅れ速度の線形関係、プレート間すべり遅れ速度と応力蓄積速度の線形関係を結合することにより、地表の変位速度の観測データからせん断応力蓄積速度(以降「応力蓄積速度」と呼ぶ)を直接インバージョン推定する。本研究では応力蓄積速度をガウス分布型の基底関数の重ね合わせで表現し、重ね合わせの係数を未知パラメータとして推定した。この際、非負の条件を課したダンピング最小二乗法を用いたが、これは(1)岩石の強度は有限であることから極端な応力集中を避ける、(2)地震間は基本的に応力蓄積する、という2つの拘束条件を課したインバージョンを意味する。従来のすべり遅れ速度のインバージョン解析では(1)の物理学的要請に基づいてすべりの滑らかさの拘束条件を課すことが一般的である。本手法では、応力蓄積速度を直接的に拘束することができるため、より合理的で柔軟な条件設定が可能となる。

関東地域の2005年3月~2011年2月のGEONET時系列データから求めたGNSS変位速度ベクトルデータを解析した。データ期間内の2007年に房総半島沖で発生したスロースリップの影響を予め除去したため、推定された応力蓄積速度はスロースリップが発生していない状態を表している。プレート境界の深さ10kmの等深度線に沿って大きく3つの応力蓄積領域(アスペリティ)が存在し、そのうちの西側2つは大正地震、東側2つは元禄地震の震源域に対応していることが分かった。これらはプレート境界の高摩擦領域に対応しており、いずれ蓄積した応力を解放する大地震が発生すると考えられる。この結果は、当該領域で過去2種類の異なる地震イベント(元禄地震、大正地震)が発生した原因が、3つのアスペリティの連動の多様性にあることを示唆する。一方、変位速度データの分布範囲外は推定精度が落ちる傾向にあり、推定されたアスペリティの妥当性について、感度解析により慎重に評価する必要がある。今後、本研究の推定結果に基づいてプレート境界の応力蓄積モデルを構築し、断層破壊の力学と組み合わせることで、相模トラフ沿いで発生する多様なプレート境界地震のシナリオ作成に活用することが期待できる。

参考文献
Matsuda et al. (1978). GSA Bulletin, doi:10.1130/0016-7606(1978)89<1610:FMARTO>2.0.CO;2
Matsu'ura et al. (2007). GJI, doi:10.1111/j.1365-246X.2007.03578.x
Noda et al. (2013). GJI, doi:10.1093/gji/ggs129
Saito and Noda (2022). JGR: Solid Earth, doi:10.1029/2022JB023992
Sato et al. (2016). EPS, doi: 10.1186/s40623-016-0395-3