11:30 〜 11:45
[S18-02] 事前の理科教育が震災時のストレス軽減を促す心理的プロセスの検証-熊本地震の事例における面接調査の実施-
1. 背景と目的
日本は地震多発国であり、日本社会に生きる人々への地震学の普及は重要である。しかし、人々の関心は地震そのものではなく被災生活にあるため、その差異を理解して専門知識を伝える必要がある。
この問題について、光井(2018)は被災生活における心理的ストレスという観点で地震学との関係を考察した。その結果、被災生活の原因となる「地震そのもの」の知識を事前に得ることで、被災時に自らがおかれた状況を地学の側面からも考えて納得しやすくなり、ストレス軽減が期待されると示唆した。そして、この考察について心理学の専門家による検証が必要だと提起した。
さらに、上記のような検証を要する実例が2016年熊本地震に関して報告された(中川、2017)。益城町の小学校在籍当時(2000年頃)に理科の授業で、学校の直下にある布田川断層について学んでいた子供たちが、その後、熊本地震で被災した際に、地震を引き起こしたのがその布田川断層だったと思い出したことで気持ちが落ち着いた、というのである。
事前の理科教育から被災時のストレス軽減に至る過程には多様な心理的プロセスが想定され、このプロセスを心理学的に説明する必要がある。事前の教育については、理科の専任教員として授業を担当したX教諭への面接を実施し、授業内容等を確認した(光井・吉武、2020)。その結果、特に重要な内容として下記の2点が挙げられた。
・教諭が重視していた点は、主に「自分達の住む土地がどのようにできたか知る」「地球のダイナミックさを伝える」「山を自分の足で歩いて登り、地層の大きさ等を体感するなど、野外等での観察を通じて地学現象のスケールの大きさを実感する」であった。
・断層については、地質図(田村、1995)を見せながら『この辺を見てごらん、みんな、阿蘇の火砕流が積んだところだよ』など、自分達の住んでいる所の土地の成り立ちを説明し、布田川断層にも言及した。当時は、地震の発生をあまり現実的に思っていなかったため、『いざとなったら起こるかも』と話した。また、同時に『でも実際に起こる時は、断層からの距離はあまり関係なく一帯が揺れる』とも説明した。
本研究ではまずX教諭の教え子への面接を行い、理科の授業内容および熊本地震発生時の心理的状況について聞き取りを行った。本発表では、その概要を紹介する。
2. 面接方法
・対象者: X教諭の教え子かつ、熊本地震の被災者
・人数: 18名(面接当時20代後半~30代後半の成人)、うち2名は断層の授業の実施前に卒業済み
・日時と場所: 2022年3月、熊本県上益城郡益城町内の公共会議室またはオンライン
・面接時間: 一人あたり30-60分程度
・質問例:
基本情報(例:年齢、被災当時の居住地域・建物の構造・家族構成)
印象的な授業内容、X教諭の印象
授業内容を地震後のいつ頃、どのように思い出したか
地震が発生したとき、どのように感じたか(怖さや不安の程度)
被災経験をどのように考えているのか(回復の程度、被災の受容程度)
面接方法は、研究目的に即した面接内容を確保しながら、会話の流れに応じた話もできる半構造化面接を採用した。面接手引書を作成し、複数の面接者による面接内容の同一性を担保した。また、被災経験を聴くにあたり、面接対象者の心理的負担に配慮するため、面接手引書の質問内容や表現を複数の臨床心理士とともに検討した。当日はすべての面接に臨床心理士が同席し、適切なインタビューが行われているかを確認した。なお、本研究について事前に人間環境大学研究倫理委員会の承認を得た。
3. 結果の概要・今後の課題
授業の印象について、多数の対象者が「座学以外の授業(理科室での実験、農園での野菜作り、野外学習など)が多くて面白い」、「夏休みの自由研究に力を入れていて、まとめ方などの助言をもらった」と回答していた。
断層の授業については、被災後に授業内容を思い出したのは16名中7名であった。思い出した時の気持ちは、全員が地震が起きたことに納得する傾向を示した(発言例:『何でここにっていうよりは、ああ、やっぱりそうだったかーっていうような感じ』)。内2名は(おそらく日奈久断層による)更なる地震も心配していた(発言例:『となると、あと一つの断層は大丈夫なのかなっていうのは、ずっと考えてた』)。その他、地盤の強さや断層の上盤/下盤と関連づけて被害の大きさを考える発言が2名からあった。一方、授業内容を思い出さなかった対象者は、人とのつながりのみによって被災経験を意味のあるものととらえる傾向がみられた。そのため、授業内容を思い出し、被災経験を考える観点が増えることで、被災後の心理状態に至る過程に差異が生じる可能性が示唆される。
今後、会話内容の分析を行い、事前の教育から被災時の心理的状況に至るプロセスの仮説を生成する。その仮説をアンケート調査で検証し、事前の地学教育と被災時の心理状態との関係を明らかにする。これにより、学術的根拠をもって地震学の社会普及を目指す。
日本は地震多発国であり、日本社会に生きる人々への地震学の普及は重要である。しかし、人々の関心は地震そのものではなく被災生活にあるため、その差異を理解して専門知識を伝える必要がある。
この問題について、光井(2018)は被災生活における心理的ストレスという観点で地震学との関係を考察した。その結果、被災生活の原因となる「地震そのもの」の知識を事前に得ることで、被災時に自らがおかれた状況を地学の側面からも考えて納得しやすくなり、ストレス軽減が期待されると示唆した。そして、この考察について心理学の専門家による検証が必要だと提起した。
さらに、上記のような検証を要する実例が2016年熊本地震に関して報告された(中川、2017)。益城町の小学校在籍当時(2000年頃)に理科の授業で、学校の直下にある布田川断層について学んでいた子供たちが、その後、熊本地震で被災した際に、地震を引き起こしたのがその布田川断層だったと思い出したことで気持ちが落ち着いた、というのである。
事前の理科教育から被災時のストレス軽減に至る過程には多様な心理的プロセスが想定され、このプロセスを心理学的に説明する必要がある。事前の教育については、理科の専任教員として授業を担当したX教諭への面接を実施し、授業内容等を確認した(光井・吉武、2020)。その結果、特に重要な内容として下記の2点が挙げられた。
・教諭が重視していた点は、主に「自分達の住む土地がどのようにできたか知る」「地球のダイナミックさを伝える」「山を自分の足で歩いて登り、地層の大きさ等を体感するなど、野外等での観察を通じて地学現象のスケールの大きさを実感する」であった。
・断層については、地質図(田村、1995)を見せながら『この辺を見てごらん、みんな、阿蘇の火砕流が積んだところだよ』など、自分達の住んでいる所の土地の成り立ちを説明し、布田川断層にも言及した。当時は、地震の発生をあまり現実的に思っていなかったため、『いざとなったら起こるかも』と話した。また、同時に『でも実際に起こる時は、断層からの距離はあまり関係なく一帯が揺れる』とも説明した。
本研究ではまずX教諭の教え子への面接を行い、理科の授業内容および熊本地震発生時の心理的状況について聞き取りを行った。本発表では、その概要を紹介する。
2. 面接方法
・対象者: X教諭の教え子かつ、熊本地震の被災者
・人数: 18名(面接当時20代後半~30代後半の成人)、うち2名は断層の授業の実施前に卒業済み
・日時と場所: 2022年3月、熊本県上益城郡益城町内の公共会議室またはオンライン
・面接時間: 一人あたり30-60分程度
・質問例:
基本情報(例:年齢、被災当時の居住地域・建物の構造・家族構成)
印象的な授業内容、X教諭の印象
授業内容を地震後のいつ頃、どのように思い出したか
地震が発生したとき、どのように感じたか(怖さや不安の程度)
被災経験をどのように考えているのか(回復の程度、被災の受容程度)
面接方法は、研究目的に即した面接内容を確保しながら、会話の流れに応じた話もできる半構造化面接を採用した。面接手引書を作成し、複数の面接者による面接内容の同一性を担保した。また、被災経験を聴くにあたり、面接対象者の心理的負担に配慮するため、面接手引書の質問内容や表現を複数の臨床心理士とともに検討した。当日はすべての面接に臨床心理士が同席し、適切なインタビューが行われているかを確認した。なお、本研究について事前に人間環境大学研究倫理委員会の承認を得た。
3. 結果の概要・今後の課題
授業の印象について、多数の対象者が「座学以外の授業(理科室での実験、農園での野菜作り、野外学習など)が多くて面白い」、「夏休みの自由研究に力を入れていて、まとめ方などの助言をもらった」と回答していた。
断層の授業については、被災後に授業内容を思い出したのは16名中7名であった。思い出した時の気持ちは、全員が地震が起きたことに納得する傾向を示した(発言例:『何でここにっていうよりは、ああ、やっぱりそうだったかーっていうような感じ』)。内2名は(おそらく日奈久断層による)更なる地震も心配していた(発言例:『となると、あと一つの断層は大丈夫なのかなっていうのは、ずっと考えてた』)。その他、地盤の強さや断層の上盤/下盤と関連づけて被害の大きさを考える発言が2名からあった。一方、授業内容を思い出さなかった対象者は、人とのつながりのみによって被災経験を意味のあるものととらえる傾向がみられた。そのため、授業内容を思い出し、被災経験を考える観点が増えることで、被災後の心理状態に至る過程に差異が生じる可能性が示唆される。
今後、会話内容の分析を行い、事前の教育から被災時の心理的状況に至るプロセスの仮説を生成する。その仮説をアンケート調査で検証し、事前の地学教育と被災時の心理状態との関係を明らかにする。これにより、学術的根拠をもって地震学の社会普及を目指す。