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[S22P-05] 天保十四年三月二十六日(1843年4月25日)に北海道太平洋沿岸を襲った津波の西側波源にかんする予察的検討
天保十四年三月二十六日(1843年4月25日)に北海道太平洋沿岸を襲った津波(以下、1843年津波と記す)について、その波源の西側にかんする予察的検討を行ったので報告する。 1843年津波は1952年十勝沖地震津波(以下、1952年津波と記す)とその高さの分布パターンが似ているとされている(例えば、羽鳥, 1984; Satake et al., 2005)。例えば、いずれの津波も北海道厚岸町周辺に波高の高いピークがあること、また三陸沿岸の青森県八戸市などで比較的大きな波高が記録されていることが挙げられる。しかしながら、八戸での実際の津波の高さは1952年津波で2 m(中央気象台, 1953)、1843年津波で3 m(都司・他, 2014)と推定されていることや、宮古市の宮古湾奥においては1952年津波で2.0-2.5 m(金浜集落, 中央気象台, 1953)、1843年津波で3.2 m(赤前集落, 都司・他, 2014)と推定されている。これらのことから三陸沿岸については1952年津波に比べ1843年津波のほうが津波の高さが大きい可能性がある。 この津波の高さの違いがそのまま波源の大きさ等の違いを表していると考えた場合、1843年津波の波源モデルを検討するためには、同津波と波高分布が似ているとされる1952年津波の波源モデルを出発点に付加的な波源を追加することが一つの解決案ではないかと考えた。そこで1843年津波の波源モデルとして、1952年地震の断層モデル(Hirata et al., 2003)に加えて、Hirata et al. (2003)の最西側の断層(小断層A・B)を西側に延長するような形で100 km 四方の断層(小断層K)を設置し2 mすべらせた場合で沿岸における津波の高さを計算した。 この結果、八戸沿岸においては小断層Kを設置することにより津波の高さが増加し、小断層Kを設置しない場合に比べ1.3-1.9 倍程度高い津波の高さが計算された。これらは1843年津波の実際の高さに近くなる結果であった。このような傾向は三陸沿岸のほかの地域にも見られ、小断層Kを加えた場合の高さが3倍程度高くなる場所もあった。また、小断層Kを加えた場合は、北海道函館において記録されている津波の高さ(0.5 m, 羽鳥, 1984)もおおむね再現することができた。一方で厚岸側に着目すると小断層Kを加えた場合でも沿岸における津波高さの変化はほとんどなかった。このことは1952年地震のすべり量分布に対してすべり量2 mの小断層Kの道東への寄与はほとんどないといえる。逆に言えば道東のデータからでは小断層Kの必要性が議論できないことを意味する。 本研究で扱った小断層Kの存在は、その存在性についてもまだ検討の余地がある。そもそも道東における1952年地震のすべり量分布と1843年地震のすべり量分布を同じとして扱っていいのか、あるいは三陸海岸沿岸での歴史記録調査を含め、1843年や1952年津波の実際の津波の高さデータの精査などを行う必要があり、これらの結果によっては他の解が生じる可能性も十分にあり得るだろう。 なお、本研究で行った津波の計算はJAGURS(Baba et al., 2015)を利用し、沿岸域周辺では5秒メッシュで計算を行いました。また、本研究の一部はJSPS科研費(20H01988)により実施いたしました。記して感謝いたします。