日本地震学会2023年度秋季大会

講演情報

A会場

一般セッション » S08. 地震発生の物理

[S08] PM-1

2023年10月31日(火) 13:30 〜 14:45 A会場 (F205+206)

座長:鈴木 岳人(青山学院大学)、廣瀬 仁(神戸大学)

13:45 〜 14:00

[S08-12] スロー地震とファスト地震と地震のモデル

*井出 哲1 (1. 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)

地震は断層運動といえるが、断層運動なら地震というわけではない。Leid (1911)の弾性反発説や、Brace and Byerlee (1966)の地震はstick-slipだという考え方によって、断層には固着とすべりという2つの状態があり、「地震=断層すべり」という常識が形成された。そして断層のすべりのモデルならば、地震のモデルだと考えられてきた。ところが21世紀になって、スロー地震が発見され、この常識は修正を迫られている。スロー地震も、ほぼ弾性反発や、stick-slipとみなすことができるからである。
スロー地震とは何か?Ide and Beroza (2023)は、16年前にIde et al. (2007)によって提案されたスロー地震のスケール法則の再検討を行った。16年間の観測的証拠の蓄積によって、現在では1秒以下から数か月以上までの様々な時定数で、スロー地震を観測することができ、その地震モーメントMoは継続時間Tに比例することが確認できる。但し、すべての現象はノイズなどの影響から、検出限界ぎりぎりの信号しか出さない。観測できない様々な現象の存在を仮定すれば、MoとTの比例関係は、スロー地震の地震モーメントレートの上限を規定する関係と理解すべきである。地球内部の様々な変形現象は、この法則に規定されており、様々な断層のすべり運動が、スロー地震としてこの法則に従って発生する。これまでに様々な物理素過程を含むメカニズムが提唱されているように、スロー地震を生み出すメカニズムは多様な可能性があるが、すべてこの法則に従うようだ。見方を変えれば、この法則に従わないユニークな変形現象こそが、普通の地震である。普通の地震とは、実は普通でない変形現象ともいえる。
地震の何が特別かといえば、地震波を放出する点である。地震時には、断層のすべりが地震波の伝播速度と近い速度で進展することで、断層面における非弾性エネルギー損失を抑え、弾性エネルギーを効率的に地震波エネルギーに変換する。スロー地震の進展には、地震波のサポートがないので、この効率的な変換ができない。当たり前であるが、この高速の破壊伝播と地震波の放出なしに、地震をモデル化することはできない。しかし、多くの「地震のモデル」は、この必要条件を満たさない。1次元のバネとブロックのモデルは、非常によく検討されるが、もちろん地震波を出さない。これを連結したBurridge and Knopoff (1967)のモデルと、その派生形の様々な臨界現象モデルは、Gutenberg-Richter則を再現するので人気だが、地震波は出さない。Rate-and-State摩擦則を用いた地震サイクル計算も数多くなされている。多くの地震サイクル計算では、計算コストを下げるために、放射ダンピングの近似が用いられている。この準動的サイクルモデルにおいては、破壊の伝播速度は、非現実的に遅い。
現象の一面をとらえるために単純化したのがモデルであり、その一面の議論には役立つが、時に単純化の制約を超えた議論が誤った認識を生み出すことがある。例えば1次元のバネのブロックの安定性解析は、自発的なすべりの発生を議論するには良いが、自発的=地震波を出すわけではない。スロー地震も自発的なすべり進展現象である。Gutenberg-Richter則は、地震について知られていたが、スロー地震の頻度統計も似たようなべき法則になるという指摘がある。べき法則を生み出すモデルが、スロー地震のモデルであっても問題はない。実際に臨界現象モデルを用いて、テクトニック微動が再現できるという指摘がある。準動的サイクルモデルの伝播速度を決めているのは、静的なエネルギーバランスである。すべりの進展と停止も、静的なエネルギーバランスが決める。つまり進展の条件は、スロー地震と同じである。このような計算で不均質な媒質中の破壊伝播の可能性を計算すれば、当然過小評価になる。
以上まとめれば、これまで地震のモデルと考えられていたものには、スロー地震のモデルとして見直すべきものがたくさんある。スロー地震が存在することが地震学の常識になった今、その認識に立ってモデル体系を再構築する必要があるだろう。