12:00 〜 12:15
[S08-25] 地震波速度構造から推定される2016年熊本地震の震源断層北東端部における破壊停止要因
1.はじめに
長大な活断層系における起震断層の端部を評価する上では,実地震で破壊が停止した断層端部の特徴が参考になる。2016年熊本地震では,布田川-日奈久断層帯の北部で破壊が生じたが,日奈久断層帯の中部~南部区間へは破壊が伝播しなかった。Aoyagi et al.(2020EPS)は,震源断層南端には日奈久断層を横断する地震波速度の急変部が存在し,そこで地震発生層が上下に食い違っていることが断層の破壊停止要因になったと指摘している。一方,震源断層北東端については,重力異常や比抵抗構造に基づいて,阿蘇カルデラ内の上部地殻に存在するマグマだまりが破壊の停止要因になったという見方が多い(例えば,Miyakawa et al., 2016EPS)。ただし,阿蘇カルデラ内の地下構造と断層活動との関係については未解明な点が多く残されている。
本研究では,震源断層北東端付近の地下構造と断層活動の解明を目的として,稠密臨時地震観測に基づく地震波トモグラフィ解析を実施した。本報告は,P波速度構造に関する暫定結果(青柳, 2022, 活断層学会2022年度秋季大会)に対して,使用データを増やしてS波速度構造まで含めた検討を行った結果である。なお,2016年熊本地震の地表地震断層は,従来図示されていた布田川断層の北東端部より東北東に4~5 km延伸してカルデラ内まで達した(Shirahama et al., 2016EPS)。また,Kobayashi et al.(2018)が地殻変動から推定した断層モデルでも,断層北東端の位置は地表地震断層とほぼ一致している。本論では,この位置を震源断層の北東端として地下構造との関係を議論する。
2.臨時地震観測とトモグラフィ解析
稠密臨時地震観測は,2018年3~9月の約半年間,2016年熊本地震の震源域北部~阿蘇カルデラ周辺に約5 km間隔で計30点の臨時観測点(近計システムEDR-X7000+KVS-300)を設置して行った。得られた地震観測記録からP波,S波到達時刻を験測し,周辺にあるHi-netなどの定常観測点の験測値とも併合処理して,tomoDD(Zhang and Thurber, 2003BSSA)により地震波トモグラフィ解析を行った。この際,分解能の向上を図るため,Aoyagi et al.(2020)による震源域南部の臨時観測で得られた験測値の一部や,2001~2021年における臨時観測期間外の気象庁一元化震源カタログの験測値も併合処理した。解析に用いた地震総数は5098個である。解析空間は,震源断層の北東端部付近を中心とし,布田川断層の方向に長軸をもつ48 km×24 km,深さ20 kmまでの範囲とした。グリッド間隔は,水平方向4 km,深さ方向2.5 kmである。
3.断層北東端部の速度構造と破壊停止要因
チェッカーボードレゾリューションテストの結果,深さ2.5 km~12.5 kmの範囲で4 kmの空間分解能が確認された。この深度における,震源断層北東端部付近の地震波速度構造の特徴,およびそこから考察される断層破壊停止要因は次の通りである。
(1) 阿蘇カルデラの外側(西側)では,布田川断層を挟んで南側に高速度領域(Vp~6.5 km/s),北側に低速度領域(Vp<6km/s)が認められ,両者の境界は約60度で北傾斜している。余震は両者の境界に沿って分布している。
(2) 一方,阿蘇カルデラ内の南西部には,Vp<5.0 km/sの顕著な低速度領域が地表付近から深さ10 km以上まで円柱状に認められる。この低速度領域は水平方向に8 km程度の広がりを持ち,中央火口丘西側の海抜-1000mで推定されている150℃の高温領域(NEDO, 1995)とよく対応する。この低速度領域は,その分布,形態的特徴から,比較的最近の火山活動に伴う火道,あるいはピストンシリンダー型のカルデラを示すと考えられる。
(3) 熊本地震の破壊域北東端では,断層下盤側の構造が(1)から(2)に置き換わっている。この円柱状の低速度領域は,低Vp/Vs領域であるため,マグマだまりではなく,熱水領域である可能性が高い。地温勾配からは深さ2 kmで300℃になると予想され,石英あるいは長石のレオロジーから想定されている地震の下限深度の温度300~450℃(たとえば,Sibson, 1984)に比較的浅部で達すると考えられる。このため,この脆性破壊を生じにくい高温の低速度領域が,地震時の断層破壊を停止させたと解釈できる。
長大な活断層系における起震断層の端部を評価する上では,実地震で破壊が停止した断層端部の特徴が参考になる。2016年熊本地震では,布田川-日奈久断層帯の北部で破壊が生じたが,日奈久断層帯の中部~南部区間へは破壊が伝播しなかった。Aoyagi et al.(2020EPS)は,震源断層南端には日奈久断層を横断する地震波速度の急変部が存在し,そこで地震発生層が上下に食い違っていることが断層の破壊停止要因になったと指摘している。一方,震源断層北東端については,重力異常や比抵抗構造に基づいて,阿蘇カルデラ内の上部地殻に存在するマグマだまりが破壊の停止要因になったという見方が多い(例えば,Miyakawa et al., 2016EPS)。ただし,阿蘇カルデラ内の地下構造と断層活動との関係については未解明な点が多く残されている。
本研究では,震源断層北東端付近の地下構造と断層活動の解明を目的として,稠密臨時地震観測に基づく地震波トモグラフィ解析を実施した。本報告は,P波速度構造に関する暫定結果(青柳, 2022, 活断層学会2022年度秋季大会)に対して,使用データを増やしてS波速度構造まで含めた検討を行った結果である。なお,2016年熊本地震の地表地震断層は,従来図示されていた布田川断層の北東端部より東北東に4~5 km延伸してカルデラ内まで達した(Shirahama et al., 2016EPS)。また,Kobayashi et al.(2018)が地殻変動から推定した断層モデルでも,断層北東端の位置は地表地震断層とほぼ一致している。本論では,この位置を震源断層の北東端として地下構造との関係を議論する。
2.臨時地震観測とトモグラフィ解析
稠密臨時地震観測は,2018年3~9月の約半年間,2016年熊本地震の震源域北部~阿蘇カルデラ周辺に約5 km間隔で計30点の臨時観測点(近計システムEDR-X7000+KVS-300)を設置して行った。得られた地震観測記録からP波,S波到達時刻を験測し,周辺にあるHi-netなどの定常観測点の験測値とも併合処理して,tomoDD(Zhang and Thurber, 2003BSSA)により地震波トモグラフィ解析を行った。この際,分解能の向上を図るため,Aoyagi et al.(2020)による震源域南部の臨時観測で得られた験測値の一部や,2001~2021年における臨時観測期間外の気象庁一元化震源カタログの験測値も併合処理した。解析に用いた地震総数は5098個である。解析空間は,震源断層の北東端部付近を中心とし,布田川断層の方向に長軸をもつ48 km×24 km,深さ20 kmまでの範囲とした。グリッド間隔は,水平方向4 km,深さ方向2.5 kmである。
3.断層北東端部の速度構造と破壊停止要因
チェッカーボードレゾリューションテストの結果,深さ2.5 km~12.5 kmの範囲で4 kmの空間分解能が確認された。この深度における,震源断層北東端部付近の地震波速度構造の特徴,およびそこから考察される断層破壊停止要因は次の通りである。
(1) 阿蘇カルデラの外側(西側)では,布田川断層を挟んで南側に高速度領域(Vp~6.5 km/s),北側に低速度領域(Vp<6km/s)が認められ,両者の境界は約60度で北傾斜している。余震は両者の境界に沿って分布している。
(2) 一方,阿蘇カルデラ内の南西部には,Vp<5.0 km/sの顕著な低速度領域が地表付近から深さ10 km以上まで円柱状に認められる。この低速度領域は水平方向に8 km程度の広がりを持ち,中央火口丘西側の海抜-1000mで推定されている150℃の高温領域(NEDO, 1995)とよく対応する。この低速度領域は,その分布,形態的特徴から,比較的最近の火山活動に伴う火道,あるいはピストンシリンダー型のカルデラを示すと考えられる。
(3) 熊本地震の破壊域北東端では,断層下盤側の構造が(1)から(2)に置き換わっている。この円柱状の低速度領域は,低Vp/Vs領域であるため,マグマだまりではなく,熱水領域である可能性が高い。地温勾配からは深さ2 kmで300℃になると予想され,石英あるいは長石のレオロジーから想定されている地震の下限深度の温度300~450℃(たとえば,Sibson, 1984)に比較的浅部で達すると考えられる。このため,この脆性破壊を生じにくい高温の低速度領域が,地震時の断層破壊を停止させたと解釈できる。