日本地震学会2023年度秋季大会

講演情報

ポスター会場(1日目)

一般セッション » S08. 地震発生の物理

[S08P] PM-P

2023年10月31日(火) 17:00 〜 18:30 P11会場 (F203) (アネックスホール)

[S08P-10] Basel地熱地帯における誘発地震データとその地震パラメタの評価

*吉光 奈奈1、椋平 祐輔2、浅沼 宏3 (1. 京都大学大学院工学研究科、2. 東北大学流体科学研究所、3. 産業技術総合研究所)

背景・目的
スイスのBasel地域における能動的地熱開発サイトでは,注水に伴う地殻の変化を監視する目的で,2006年から坑内計測による地殻応力の測定とボアホール微小地震観測が行われてきた(Häring et al., 2008).通常,直接計測した地震発生時のせん断応力と,地震波形から推定した応力降下量の比較は困難であるが,このようなボアホール記録を使えば両者の比較・検討が可能となり,誘発地震のジオメカニカルパラメタとせん断応力の関係を明らかにすることができる.本解析ではまず微小地震記録の精査をおこない,観測スペクトルと理論スペクトルを比較することで,誘発地震の震源パラメタと応力降下量を推定する.

データ
2006年12月1日から12月31日にかけて,Basel地域に埋設されている6つの3成分短周期地震計で収録された3067イベントの速度波形データを解析した.Geothermal Explorers Ltd.社により生産された6つの地震計は全てダウンホールに設置され,サンプリングは1000 Hzである.S波到達時から0.512秒を切りだしてスペクトルを計算し,積分により変位スペクトルを得た.解析に利用した周波数帯は1-200 Hzである.

解析・議論
6観測点の全波形とスペクトルを描き出してノイズレベルやスペクトル形状を精査した結果,すべての観測点において波形記録は良好に取得されていたが,特にRIE2とOT2という2観測点が解析に十分なシグナルノイズ比を示した.RIE2は深さ927 mの堆積岩中,OT2は深さ2487 mの花崗岩質の基盤岩中に設置されている(e.g., Mukuhira et al., 2021).観測点OT2の記録は常に他の5観測点よりも大きな振幅を示した.これはOT2が硬い基盤岩に埋設されているためと考えられる.観測点RIE2は常に2番目に大きな振幅を示した.その他の観測点に関しては,シグナルスペクトルとノイズスペクトルの振幅差が小さいため,本解析ではOT2とRIE2を取り扱う.OT2とRIE2のスペクトル形状はやや異なっており,OT2が平坦な低周波部分と100 Hz付近から減衰する高周波部分から構成されるのに対して,RIE2では低周波の平坦部はそれほど顕著に見えなかった.両観測点について,高周波成分はω2で減衰するものとω3で減衰するものが混在していた.
シグナルノイズ比が5倍以上のデータを選別し,OT2とRIE2それぞれの変位スペクトル記録に対して,Brune(1970, 1971)のω2モデルから計算される理論スペクトルを,地震モーメントとコーナー周波数を未知数としてグリッドサーチによりフィッティングした.さらに,得られた地震パラメタを使ってEshelby(1957)の式より応力降下量を求めた.応力降下量は,OT2では0-10 MPaと推定されたのに対して,RIE2では0.2 MPa以下と非常に小さい値となった.OT2では50-200 Hz程度とコーナー周波数が推定されていたのに対し,RIE2では15-40 Hz程度とやや低い値に推定されたことがこの違いを生んでいると考えられる.観測点によるコーナー周波数の違いは,直達波を利用したことによるディレクティビティやラディエーションパターンの影響の可能性がある.そこで,直達波よりもこれらの影響を受けにくいと言われる散乱波で構成されたコーダ波を用いて(Mayeda et al., 2007),再度震源パラメタを推定した.しかし,得られたコーナー周波数の値はOT2,RIE2ともに直達波の場合と大きくは違わず,ディレクティビティ等の影響を完全に取り除けていないようであった.近接した震源位置のイベントペアを利用したスペクトル比を使うなど,azimuthに影響されずに安定的に震源パラメタが推定できるか,さらなる検証が必要である.