[S15P-10] 深層学習に基づく長周期地震動の即時予測実験(その2) 高層ビルの揺れの予測
1. はじめに
深層学習に基づいて、大地震の際に大型平野で発生する長周期地震動とそれによる高層ビルの揺れの即時予測モデルを開発した。震源近傍での強震観測データを入力として、関東平野の代表地点での長周期地震動と、その周辺の高層ビルの揺れの即時予測を目指す。現行の緊急地震速報での長周期地震動階級の予測に対し、地震波形を予測することで建物の揺れの継続時間と累積震動エネルギー等による影響評価が可能になる。震源情報(位置、深さ、規模)を必要としない、“揺れから揺れ”の予測のため、震源決定にかかる時間が省略され、また大地震の同時発生の場合にも対処できる利点もある。 深層学習による予測は、まず震源近傍での強震観測データを入力として、関東平野の代表地点の長周期地震動を予測し、次に、この地点(地面)の予測波形から、周辺の高層ビルの揺れを予測する2段階で行う。1段階の予測モデルは、予測対象とする大地震の震源域(日本海溝沿い、南海トラフ沿いなど)と、これに用いる入力観測点毎に用意する必要があるが、2段階目の予測モデルは全地震に対して共通となる。
2.データ・手法
日本海溝沿いの大地震を対象として、防災科学技術研究所のF-net広野観測点(HROF;福島県双葉郡)の強震計データを入力として、200 km離れたMeSO-net 銀座観測点(GNZM;東京都港区)の長周期地震動を予測し、次にGNZMから1.5 km離れた中央合同庁舎7号館32階(CG7;千代田区霞が関)の揺れの予測を行った(Fig.1)。建物観測データは、建築研究所の強震データベースより取得した。 地震動予測には、Furumura and Oishi (2023)のTemporal Convolutional Network(TCN)に基づく手法を用いた。そして、(1) HROFからGNZM、(2) GNZMからCG7の2つのTCNモデルを用意し、1段階目の予測モデルの学習は、2008〜2011年に東北沖で発生したM5.5以上の174個の地震(Fig.1:緑印)波形を用いて行った。2段階目のモデルの学習には、2015〜2021年に日本周辺で発生したM5.5以上の地震26個(Fig.1:赤印)を用いた。GNZM及びCG7観測点の加速度波形は、HROFに揃えて速度波形に時間積分し、0.08–3 Hzのバンドパスフイルタをかけた後に5 Hzにリサンプリングして1000秒間の学習データセットを用意した。TCNモデルは、畳み込み層のフイルタ数を256、カーネルサイズを3, 畳み込む要素間の間隔(dilations)を2,4,…,512に設定し、活性化関数にはlinear、評価指標にはRMSEを用いた。Keras-TCNライブラリ(Remy 2020)を用いてPythonコードを作成した。バッチサイズを5とする500エポックの学習に要する時間は、東大情報基盤センターのWisteria-aスパコンのGPU(NVIDIA A100)を用いて3分程度であった。
3.予測結果
2つの学習済みTCNモデルを順に用いて、学習に用いていない、2021年以降に東北沖で発生した大地震(≧M6.3)の際の都心と高層ビルの揺れを予測した。Fig.2に宮城県東方沖の地震(M6.8)と福島県東方沖の地震(M7.2)の2例について、福島地点の入力波形(HROF)を示し、都心の予測波形(GNZM)、高層ビルの予測波形(CG7)を実際の観測波形と比較する。予測の一致度は、1)速度応答スペクトルの強度比(pSvR)、2)波形エンベロープの相関係数(ECCC)、3)弾性震動エネルギーの総和比(EnR)、4)揺れの継続時間(最大振幅の1/10までの時間)比(DuR)の4つの指標で定量化し、観測値の倍・半分(2.0〜0.5)の範囲内に収まることを確認した。CG7の速度応答スペクトルを見ると、1次モードの卓越周期(1.2 s)が若干長周期側にずれているが、基本モード(3.2 s)とともに建物の震動特性を良く評価できていることがわかる。また、建物強震観測データは600秒程度で切れているが、揺れはこれよりもずっと長く続いたこともわかる。 学習済みTCNモデルにより1回の波形予測に要する時間は、0.06秒程度である。HROFからGNMZまでの表面波の伝播には1分以上の猶予時間があり、最新の観測データを用いた予測の繰り返し更新による精度向上が期待できる。
4.今後に向けて
地面から高層ビルの揺れの予測は、長周期地震動の波長(数km)程度離れた、より遠くのMeSO-net観測点を用いても同様の結果が得られた。首都圏に高密度(2〜10 km間隔)に設置されたMeSO-netを活用することで、関東一円の高層ビルの揺れ予測が可能であろう。各建物の揺れを予測する(2段階目の)TCN予測モデルの学習には建物強震観測が一定期間必要であるが、自然地震に加えて風や常時微動の観測データが活用できる可能性がある。
5. 謝辞
防災科学技術研究所のF-net及びMeSO-net観測データ、建築研究所強震観測ネットワークの建物強震観測データを使用した。東大情報基盤センタースパコンの利用には、東京大学地震研究所共同利用の援助を受けた。
深層学習に基づいて、大地震の際に大型平野で発生する長周期地震動とそれによる高層ビルの揺れの即時予測モデルを開発した。震源近傍での強震観測データを入力として、関東平野の代表地点での長周期地震動と、その周辺の高層ビルの揺れの即時予測を目指す。現行の緊急地震速報での長周期地震動階級の予測に対し、地震波形を予測することで建物の揺れの継続時間と累積震動エネルギー等による影響評価が可能になる。震源情報(位置、深さ、規模)を必要としない、“揺れから揺れ”の予測のため、震源決定にかかる時間が省略され、また大地震の同時発生の場合にも対処できる利点もある。 深層学習による予測は、まず震源近傍での強震観測データを入力として、関東平野の代表地点の長周期地震動を予測し、次に、この地点(地面)の予測波形から、周辺の高層ビルの揺れを予測する2段階で行う。1段階の予測モデルは、予測対象とする大地震の震源域(日本海溝沿い、南海トラフ沿いなど)と、これに用いる入力観測点毎に用意する必要があるが、2段階目の予測モデルは全地震に対して共通となる。
2.データ・手法
日本海溝沿いの大地震を対象として、防災科学技術研究所のF-net広野観測点(HROF;福島県双葉郡)の強震計データを入力として、200 km離れたMeSO-net 銀座観測点(GNZM;東京都港区)の長周期地震動を予測し、次にGNZMから1.5 km離れた中央合同庁舎7号館32階(CG7;千代田区霞が関)の揺れの予測を行った(Fig.1)。建物観測データは、建築研究所の強震データベースより取得した。 地震動予測には、Furumura and Oishi (2023)のTemporal Convolutional Network(TCN)に基づく手法を用いた。そして、(1) HROFからGNZM、(2) GNZMからCG7の2つのTCNモデルを用意し、1段階目の予測モデルの学習は、2008〜2011年に東北沖で発生したM5.5以上の174個の地震(Fig.1:緑印)波形を用いて行った。2段階目のモデルの学習には、2015〜2021年に日本周辺で発生したM5.5以上の地震26個(Fig.1:赤印)を用いた。GNZM及びCG7観測点の加速度波形は、HROFに揃えて速度波形に時間積分し、0.08–3 Hzのバンドパスフイルタをかけた後に5 Hzにリサンプリングして1000秒間の学習データセットを用意した。TCNモデルは、畳み込み層のフイルタ数を256、カーネルサイズを3, 畳み込む要素間の間隔(dilations)を2,4,…,512に設定し、活性化関数にはlinear、評価指標にはRMSEを用いた。Keras-TCNライブラリ(Remy 2020)を用いてPythonコードを作成した。バッチサイズを5とする500エポックの学習に要する時間は、東大情報基盤センターのWisteria-aスパコンのGPU(NVIDIA A100)を用いて3分程度であった。
3.予測結果
2つの学習済みTCNモデルを順に用いて、学習に用いていない、2021年以降に東北沖で発生した大地震(≧M6.3)の際の都心と高層ビルの揺れを予測した。Fig.2に宮城県東方沖の地震(M6.8)と福島県東方沖の地震(M7.2)の2例について、福島地点の入力波形(HROF)を示し、都心の予測波形(GNZM)、高層ビルの予測波形(CG7)を実際の観測波形と比較する。予測の一致度は、1)速度応答スペクトルの強度比(pSvR)、2)波形エンベロープの相関係数(ECCC)、3)弾性震動エネルギーの総和比(EnR)、4)揺れの継続時間(最大振幅の1/10までの時間)比(DuR)の4つの指標で定量化し、観測値の倍・半分(2.0〜0.5)の範囲内に収まることを確認した。CG7の速度応答スペクトルを見ると、1次モードの卓越周期(1.2 s)が若干長周期側にずれているが、基本モード(3.2 s)とともに建物の震動特性を良く評価できていることがわかる。また、建物強震観測データは600秒程度で切れているが、揺れはこれよりもずっと長く続いたこともわかる。 学習済みTCNモデルにより1回の波形予測に要する時間は、0.06秒程度である。HROFからGNMZまでの表面波の伝播には1分以上の猶予時間があり、最新の観測データを用いた予測の繰り返し更新による精度向上が期待できる。
4.今後に向けて
地面から高層ビルの揺れの予測は、長周期地震動の波長(数km)程度離れた、より遠くのMeSO-net観測点を用いても同様の結果が得られた。首都圏に高密度(2〜10 km間隔)に設置されたMeSO-netを活用することで、関東一円の高層ビルの揺れ予測が可能であろう。各建物の揺れを予測する(2段階目の)TCN予測モデルの学習には建物強震観測が一定期間必要であるが、自然地震に加えて風や常時微動の観測データが活用できる可能性がある。
5. 謝辞
防災科学技術研究所のF-net及びMeSO-net観測データ、建築研究所強震観測ネットワークの建物強震観測データを使用した。東大情報基盤センタースパコンの利用には、東京大学地震研究所共同利用の援助を受けた。