9:45 AM - 10:00 AM
[S18-03] "Bosai Narrative" for international students and returnees
「防災小説」は、自らが地震で被災するシナリオを一人称の物語形式で執筆することにより、地震災害の理解や当事者意識を深める防災学習教材である。本発表では、これまで国内の中学生に実践していた「防災小説」を留学生・帰国生の大学生に応用した実践に関して、その効果を分析・考察する。
1. 「海外に長期間在住していた人々」の防災における課題
2022年度末時点において、日本には307万5,213人の外国人が在留しており、これは過去最高の数字である(出入国在留管理庁,2023a)。過去10年間のデータを遡っても、その数は年々増加傾向にある(出入国在留管理庁,2023b)。外国人観光客の数に関しても、新型コロナウイルス流行前の水準には到達していないものの回復傾向にある(日本政府観光局,2023)。日本に在留する外国人や日本を観光で訪れる外国人は多く存在するものの、災害時の情報発信や事前防災についてはその多くが日本語で提供されていたり、単なる翻訳に終始して主体的な防災行動にまで踏み込んでいないなど、様々な課題が存在する。そして、これと共通する課題は、海外に長期間在住していた帰国生(帰国子女)にもみられる。
2. 留学生や帰国生を対象にした授業における「防災小説」の実践
発表者らは前述の課題をふまえ、2023年4月〜7月に慶應義塾大学総合政策学部および環境情報学部で開講された授業1科目において「防災小説」の実践を行った。本科目は留学生・帰国生を対象にしたプログラムに属しており、履修者のほぼ全員が留学生または帰国生である。授業は全て英語で実施され、履修者数は36名であった。
3. 「防災小説」
「防災小説」は中学生以上を主な対象とした作文形式の防災学習教材で、その目的は、地震災害の発生やそれによる被災を自分ごととして捉えられるようになることである。そのために、「防災小説」では学校が定めた特定の未来の日時に巨大地震が発生すると想定し、自身が災害を経験する物語を一人称で執筆する。現実世界では「まだ」起きていない災害を物語世界で「もう」起きたかのように描く〈Days-After〉(矢守,2018)の構造をとっていることが特徴である。物語の文字数や発災日時の設定は実践校の判断に委ねているが、執筆の難易度の観点から、文字数は800字程度、発災日時は数ヶ月以内の近未来とすることを推奨している。そして、物語の内容は自由であるものの、ストーリー展開は「希望をもって終える」ことをルールとして定めている。教材の特性上、未来の想像や一定量の作文を伴うため、対象は基本的に中学生以上としている。
4. 「防災小説」の実践による効果
「防災小説」はこれまで事実上、日本で生まれ育った生徒を対象に実践されてきた。そして、発災時の詳細な想像や描写を要求することから、防災学習にある程度取り組んできた生徒への実践が望ましいとされてきた。しかし今回、「防災小説」の新たな活用に向けた試みとして、海外で生まれ育った学生の防災学習の初期段階として実践を行った。したがって、地震国ではない国の出身であったり、日本出身ではあるものの海外在住歴が長いことから地震をほとんど経験したことがない大学生が執筆を行ったこととなる。得られた全ての「防災小説」と執筆に関するアンケートをテキスト分析したところ、日本で生まれ育った生徒を対象にした実践において共通認識としてきた「地震」や「地震災害」といった概念が十分に構築されておらず、その不確かさに起因する執筆の困難を訴えるケースが多くみられた。これは日本で生まれ育った生徒にはみられなかった傾向であり、留学生・帰国生ならではの特徴かつ課題であるといえる。一方で、「まだ」起きていない災害を「もう」起きたものとして語ることや、執筆した物語を学生間で共有することに関しては、社会構成主義的理解の促進に繋がっている様子がみられ、これまでの実践と共通する傾向も確認された。本発表では、これらの分析・考察について詳報する。
参考文献
・出入国在留管理庁(2023a),令和4年末現在における在留外国人数について,https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00033.html#
・出入国在留管理庁(2023b),【第1表】 国籍・地域別 在留外国人数の推移,https://www.moj.go.jp/isa/content/001393064.pdf
・日本政府観光局(2023),訪日外客数(2023年7月推計値),https://www.jnto.go.jp/statistics/data/20230816_monthly.pdf
・矢守克也(2018),アクションリサーチ・イン・アクション:共同当事者・時間・データ,新曜社.
1. 「海外に長期間在住していた人々」の防災における課題
2022年度末時点において、日本には307万5,213人の外国人が在留しており、これは過去最高の数字である(出入国在留管理庁,2023a)。過去10年間のデータを遡っても、その数は年々増加傾向にある(出入国在留管理庁,2023b)。外国人観光客の数に関しても、新型コロナウイルス流行前の水準には到達していないものの回復傾向にある(日本政府観光局,2023)。日本に在留する外国人や日本を観光で訪れる外国人は多く存在するものの、災害時の情報発信や事前防災についてはその多くが日本語で提供されていたり、単なる翻訳に終始して主体的な防災行動にまで踏み込んでいないなど、様々な課題が存在する。そして、これと共通する課題は、海外に長期間在住していた帰国生(帰国子女)にもみられる。
2. 留学生や帰国生を対象にした授業における「防災小説」の実践
発表者らは前述の課題をふまえ、2023年4月〜7月に慶應義塾大学総合政策学部および環境情報学部で開講された授業1科目において「防災小説」の実践を行った。本科目は留学生・帰国生を対象にしたプログラムに属しており、履修者のほぼ全員が留学生または帰国生である。授業は全て英語で実施され、履修者数は36名であった。
3. 「防災小説」
「防災小説」は中学生以上を主な対象とした作文形式の防災学習教材で、その目的は、地震災害の発生やそれによる被災を自分ごととして捉えられるようになることである。そのために、「防災小説」では学校が定めた特定の未来の日時に巨大地震が発生すると想定し、自身が災害を経験する物語を一人称で執筆する。現実世界では「まだ」起きていない災害を物語世界で「もう」起きたかのように描く〈Days-After〉(矢守,2018)の構造をとっていることが特徴である。物語の文字数や発災日時の設定は実践校の判断に委ねているが、執筆の難易度の観点から、文字数は800字程度、発災日時は数ヶ月以内の近未来とすることを推奨している。そして、物語の内容は自由であるものの、ストーリー展開は「希望をもって終える」ことをルールとして定めている。教材の特性上、未来の想像や一定量の作文を伴うため、対象は基本的に中学生以上としている。
4. 「防災小説」の実践による効果
「防災小説」はこれまで事実上、日本で生まれ育った生徒を対象に実践されてきた。そして、発災時の詳細な想像や描写を要求することから、防災学習にある程度取り組んできた生徒への実践が望ましいとされてきた。しかし今回、「防災小説」の新たな活用に向けた試みとして、海外で生まれ育った学生の防災学習の初期段階として実践を行った。したがって、地震国ではない国の出身であったり、日本出身ではあるものの海外在住歴が長いことから地震をほとんど経験したことがない大学生が執筆を行ったこととなる。得られた全ての「防災小説」と執筆に関するアンケートをテキスト分析したところ、日本で生まれ育った生徒を対象にした実践において共通認識としてきた「地震」や「地震災害」といった概念が十分に構築されておらず、その不確かさに起因する執筆の困難を訴えるケースが多くみられた。これは日本で生まれ育った生徒にはみられなかった傾向であり、留学生・帰国生ならではの特徴かつ課題であるといえる。一方で、「まだ」起きていない災害を「もう」起きたものとして語ることや、執筆した物語を学生間で共有することに関しては、社会構成主義的理解の促進に繋がっている様子がみられ、これまでの実践と共通する傾向も確認された。本発表では、これらの分析・考察について詳報する。
参考文献
・出入国在留管理庁(2023a),令和4年末現在における在留外国人数について,https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00033.html#
・出入国在留管理庁(2023b),【第1表】 国籍・地域別 在留外国人数の推移,https://www.moj.go.jp/isa/content/001393064.pdf
・日本政府観光局(2023),訪日外客数(2023年7月推計値),https://www.jnto.go.jp/statistics/data/20230816_monthly.pdf
・矢守克也(2018),アクションリサーチ・イン・アクション:共同当事者・時間・データ,新曜社.