10:45 〜 11:00
[S21-04] GNSS-A海底地殻変動観測の解析における渡辺ベイズの活用
GNSS-Aによる海底地殻変動観測は,日本海溝や南海トラフ等の沈み込み帯で発生するプレート間地震のサイクルによって生じる地殻変動をモニターすることに貢献している(例えば,Spiess 1998; 渡邉 2022).GNSS-Aにおいて海底基準点の3次元位置を精密に決定する際には,海洋擾乱による音響走時への影響を適切に推定・除去する必要がある.そこで,Watanabe et al. (2020) は観測方程式において音速擾乱に相当する項 γ を導入し,それを擾乱場と呼ばれるスカラー場から抽出されるものとして定式化した.それを実装したソフトウェアはGARPOSとして公開されている.
測定の原理上,擾乱場 Γ は一般に時刻 t,海上局位置 P 及び海底局位置 X の関数として表現される.この定式化(GARPOSモデル)では,Γ(t,P,X) を何らかの関数でパラメタライズしてモデルパラメータを推定することを問題としている.既往のGARPOSでは,単純な形として Γ を P 及び X の一次関数とし,その各係数を時間方向にBスプライン関数展開することでパラメタライズしている.その上で,時間方向のラフネスを抑制する先験条件をベイズの事前分布として導入した.加えて,音響経路の似ているデータは共通の誤差項を持つという想定から,Fukahata and Wright (2008) がInSARの高分解能地殻変動データに対して適用したように,データの非ゼロ共分散項を考慮した.筆者らは,これらの統計モデルを構成するパラメータについて,周辺尤度を最大化するように選択する経験ベイズアプローチ(GARPOS,以下明示的にGARPOS-EBと言う; Watanabe et al., 2020)及びモデルパラメータとの同時事後分布を直接求めるフルベイズアプローチ(GARPOS-MCMC; Watanabe et al., in press)に基づく求解手法を提案・実装してきた.
半解析的に解が求まるGARPOS-EBは,探索範囲次第ではあるが,迅速な解析が可能かつ決定論的に解が確定するため,オペレーションフェイズで有用である.この利点は,モデルパラメータの周辺尤度がラプラス近似で求められることによって生ずる.一方,フルベイズのGARPOS-MCMCは,計算コストが比較的高くなるが,モデルの正則性や線形性を考慮する必要がないため,非線形Γモデルの導入による柔軟なモデルの構築や,事後分布の形状等,解の性質を精査する際に特に力を発揮する.Watanabe et al. (in press) では,GARPOS-MCMCの特徴を活かし,海洋学的により現実的と思われる音速場モデルを2つ導入した.これらの新たな Γ モデルでは,音速傾斜場についての空間分布の情報を分割しそれぞれ海面と海底に投影したものと解釈できる P の係数と X の係数を関連付けており,モデルの自由度が小さくなっている.これらのモデルによって海底局位置の解が時系列に安定し,精度が向上することが確認された.
しかしながら,それぞれのGNSS-Aデータセットに対し,与えたモデルの妥当性を定量的に検討することはできていない.実際,適切と思われるモデルはいくらでも考えられるため,どのモデルを選択すべきかについての基準がなければ,恣意的なモデル選択が行われてしまう恐れがある.そこで,本研究では事後分布が正規分布で近似できない場合にも適用可能なモデル選択基準を導入し,それぞれのデータセットに対して統計的に適切なモデルを決定する手法を開発した.具体的には,確率モデルと事前分布の適切さを与えるベイズ自由エネルギー(Good, 1965)を指標にする.このベイズ自由エネルギーの近似値を一回のMCMCサンプル列から求めることができる「広く使えるベイズ情報量規準 (WBIC)」がWatanabe (2013)によって得られており,今回は,Watanabe et al. (in press) で導入した3つのモデルに対しWBIC値を求め,データセットごとに適切なモデルを選択した.その結果,東北沖の複雑な海洋場が想定されるようなケースも含め,ほとんどのデータセットでは,GARPOS-EBで用いた線形Γモデルよりも,自由度の低い他の2つのモデルが選ばれた.これは,今の側線配置等の観測構成では海洋場を大まかにしか解像できないことを,改めて明確に示したものとも言える.このように,モデルの適切性を定量的に評価できるようになったことは,新たなモデルの開発だけでなく観測配置の効率化においても有用である.また,各データセットについて,選ばれたモデルと,その時の海洋同化モデルやデータ品質等を比較することで,データ自体の信頼性を評価するといったことにも応用できると期待される.
測定の原理上,擾乱場 Γ は一般に時刻 t,海上局位置 P 及び海底局位置 X の関数として表現される.この定式化(GARPOSモデル)では,Γ(t,P,X) を何らかの関数でパラメタライズしてモデルパラメータを推定することを問題としている.既往のGARPOSでは,単純な形として Γ を P 及び X の一次関数とし,その各係数を時間方向にBスプライン関数展開することでパラメタライズしている.その上で,時間方向のラフネスを抑制する先験条件をベイズの事前分布として導入した.加えて,音響経路の似ているデータは共通の誤差項を持つという想定から,Fukahata and Wright (2008) がInSARの高分解能地殻変動データに対して適用したように,データの非ゼロ共分散項を考慮した.筆者らは,これらの統計モデルを構成するパラメータについて,周辺尤度を最大化するように選択する経験ベイズアプローチ(GARPOS,以下明示的にGARPOS-EBと言う; Watanabe et al., 2020)及びモデルパラメータとの同時事後分布を直接求めるフルベイズアプローチ(GARPOS-MCMC; Watanabe et al., in press)に基づく求解手法を提案・実装してきた.
半解析的に解が求まるGARPOS-EBは,探索範囲次第ではあるが,迅速な解析が可能かつ決定論的に解が確定するため,オペレーションフェイズで有用である.この利点は,モデルパラメータの周辺尤度がラプラス近似で求められることによって生ずる.一方,フルベイズのGARPOS-MCMCは,計算コストが比較的高くなるが,モデルの正則性や線形性を考慮する必要がないため,非線形Γモデルの導入による柔軟なモデルの構築や,事後分布の形状等,解の性質を精査する際に特に力を発揮する.Watanabe et al. (in press) では,GARPOS-MCMCの特徴を活かし,海洋学的により現実的と思われる音速場モデルを2つ導入した.これらの新たな Γ モデルでは,音速傾斜場についての空間分布の情報を分割しそれぞれ海面と海底に投影したものと解釈できる P の係数と X の係数を関連付けており,モデルの自由度が小さくなっている.これらのモデルによって海底局位置の解が時系列に安定し,精度が向上することが確認された.
しかしながら,それぞれのGNSS-Aデータセットに対し,与えたモデルの妥当性を定量的に検討することはできていない.実際,適切と思われるモデルはいくらでも考えられるため,どのモデルを選択すべきかについての基準がなければ,恣意的なモデル選択が行われてしまう恐れがある.そこで,本研究では事後分布が正規分布で近似できない場合にも適用可能なモデル選択基準を導入し,それぞれのデータセットに対して統計的に適切なモデルを決定する手法を開発した.具体的には,確率モデルと事前分布の適切さを与えるベイズ自由エネルギー(Good, 1965)を指標にする.このベイズ自由エネルギーの近似値を一回のMCMCサンプル列から求めることができる「広く使えるベイズ情報量規準 (WBIC)」がWatanabe (2013)によって得られており,今回は,Watanabe et al. (in press) で導入した3つのモデルに対しWBIC値を求め,データセットごとに適切なモデルを選択した.その結果,東北沖の複雑な海洋場が想定されるようなケースも含め,ほとんどのデータセットでは,GARPOS-EBで用いた線形Γモデルよりも,自由度の低い他の2つのモデルが選ばれた.これは,今の側線配置等の観測構成では海洋場を大まかにしか解像できないことを,改めて明確に示したものとも言える.このように,モデルの適切性を定量的に評価できるようになったことは,新たなモデルの開発だけでなく観測配置の効率化においても有用である.また,各データセットについて,選ばれたモデルと,その時の海洋同化モデルやデータ品質等を比較することで,データ自体の信頼性を評価するといったことにも応用できると期待される.