[S21P-14] GNSS-Acoustic観測の音響波形解析に対する機械学習の適用
海底の地殻変動を計測する方法の一つであるGNSS-Acoustic (GNSS-A) 観測は、電波を用いて海上の船のグローバル座標を決定するGNSS測位と、海中音波を用いて船からの海底基準点の位置を決定する音響測距とを組み合わせて、cmの精度で海底基準点のグローバル座標を決定する手法である。このうち音響測距では、船から発信した音波を、海底基準点を構成する複数の海底局がミラー応答する。これを船で受信することで音波の往復時間から両者間の距離を求める。船の位置を変えながら測距を繰り返し1日程度のデータを統合することで海底基準局の位置を推定する。最大で10kmの距離に達する音響測距には海水の吸収減衰が少ない10kHz、波長にすると約15cmの比較的低い周波数の超音波を使用する必要がる。波長の1/10に相当する0.01msの精度で往復走時を計測するため、10kHzの搬送波をM系列に従う疑似乱数のタイミングで位相変調した音響信号を用い、送信波・受信波間の相互相関関数(相関波形)にサイドローブの少ない明瞭なピークが立つように設計してある。しかし、実際の相関波形の形状は、反射波の混入などの影響で多くのサイドローブが現れ、最大ピークが真の走時でない場合が殆どである。現状ではこの問題に対して、熟練者が正しいピークをサイドローブの中から選定し、それをテンプレートと定めた後、マッチング処理により走時を自動で検出していた。しかし、テンプレートの作成者によって結果が異なることがある点や、波形のバリエーションが大きかったりするとテンプレートマッチングが十分機能しないことがあるなどの課題があった。そこで、本研究では機械学習の一つであるConvolutional Neural Network (CNN) を利用し、相関波形から音波の往復走時を自動決定する仕組みを作ることを目的とした。なお、相関波形の形状は音波の射出角や利用船舶、観測点水深に依存するが、今回は対象とする船舶を無人観測機であるWave Glider に限定することで、問題を単純化して取り組んだ。本研究では、三陸沖の海底に設置された18ヶ所の観測点で2020〜2022年に実施された、計6回の観測で得られたデータを使用した。相関波形の1波長相当を便宜上8サンプルで表現して解析を実施した。CNNへの入力値には、最大相関となるサンプル位置を中心とした前後120サンプルずつ(データ長:241サンプル=241×10-5 s)を、最大相関値で規格化した相関波形データを使用した。正解値は、従来のテンプレートマッチング手法により決定されたピークの位置とした。観測で得られたデータのうち、1〜4回目の観測で得られたデータの8割をCNNの学習用に、2割をCNNの精度の検証に使用した。学習を終えたCNNに2割の検証用データを流した結果、従来手法とCNNによる走時検出の差異のRMSは2.10サンプル(= 2.10×10-5 s)となり、両者でほとんど同じピークを検出することが分かった。学習を終えたCNNに最新の2回の観測で得られたデータを流した結果についても調べたところ、検証用データを流した結果とおおむね同様な結果であった。一方で、一部の観測点では従来手法と異なるピークをCNNが検出するデータも見られた。このデータのテンプレートと、従来手法とCNNとでほとんど同じピークが検出された別のキャンペーンで得られたデータのテンプレートとで、熟練者の判断したピークの位置を比較した。その結果、従来手法とCNNとで異なるピークが検出されたデータのうち、CNNによって検出されたピークの位置の方が、従来手法とCNNとでほとんど同じピークが検出されたデータのテンプレートにおいて熟練者が判断したピークの位置と一致することが分かった。このことから、CNNの検出ピークの方が正しく、従来手法の検出ピークに誤りがあることが発見された。 今後、よりバリエーションに富んだ音響波形についてもCNNの有用性を検証するため、千島海溝根室沖の海底に設置された3ヶ所の観測点で2019〜2022年に実施された、計6回の観測で得られたデータをトレーニング済みのCNNに流すことを検討している。