日本地震学会2023年度秋季大会

講演情報

B会場

特別セッション » S23. 大正関東地震から100年:関東地方における地震研究の展開

[S23] AM-2

2023年10月31日(火) 11:00 〜 12:15 B会場 (F201)

座長:室谷 智子(国立科学博物館)、山下 幹也(産業技術総合研究所)

11:00 〜 11:15

[S23-05] 震度観測などから見た1923 年関東地震前の地震活動の変化

*浜田 信生1、津村 建四朗1 (1. なし)

1923年の関東地震発生の前の震源域周辺の地震活動がどのようなものであったか、当時の乏しい観測資料から推し量ることは困難で断定的な結論を得ることは出来ないと考えられるが、残された資料を用いて検討を行った結果を報告する。
今日残されている資料に1919年以降は気象庁地震月報による地震カタログ、それ以前は宇津(1982)による地震カタログがあるが、地震計による観測網の変遷により地震検知能力の変化が大きく、収録されている地震の数も少なく、震源の精度も限界があり、扱い、解釈が難しい。これに対し震度の観測は明治時代後半には、測候所ばかりでなく郡役所など自治体でも観測、報告が行われるようになり、その結果は官報などに掲載されるようになるなど定常的な観測が行われるようになっていた。震度の観測は地震計による観測と異なり地震検知能力の点では一定、均質と考えられる。勿論有感地震には広い範囲の地震活動が含まれるので、特定の地域の地震活動を正確に反映するとは限らない。また観測が行われていても資料としての保存状態は観測点によって異なり、資料の欠落が認められる観測点もある。これらの状況を踏まえながら、石垣(2007)によれば観測と報告が定常的に行われるようになった、1903年以降の各観測点の月毎の有感地震回数の累積変化を調べた結果の一例を図に示す。もし地震活動に変化がなければ累積地震回数は単調に直線で増加するが、活動が活発になれば変化は上向きになり沈静化すると下に向く。
 図によれば東京、横浜、本郷などの観測点では1920年頃から積算回数が頭打ち、有感地震の観測数が減っていることが分かる。熊谷、横須賀は1915年くらいから回数が増加した後同様に有感地震数が頭打ちになっている。いずれの観測点でも1921年龍ケ崎地震による地震回数の増加が認められるが、全体の傾向は変わらない。その他の観測点、水戸や筑波山などの北関東の観測点ではわずかに似たような傾向が読み取れるが、甲府、沼津、長野あるいは前橋といった周辺の観測点では、同様の傾向は認められないかはっきりしない。これらのことから関東地震との関係はともかく、関東中部の地震活動おそらくフィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界付近の地震活動の一時的な沈静化があったものと推定される。
参考文献 1)宇津(1982)震研彙報,57,, 401-463. 、2)石垣(2007),験震時報,70,29-49.