日本地震学会2024年度秋季大会

講演情報

ポスター会場(1日目)

一般セッション » S03. 地殻変動・GNSS・重力

[S03P] PM-P

2024年10月21日(月) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (2階メインホール)

[S03P-07] 南海トラフ巨大地震の発生の多様性を考慮した隆起の特徴-漁港・港湾を対象とした事例解析-

*土肥 裕史1、中村 洋光1、藤原 広行1、赤木 翔2 (1. 国立研究開発法人防災科学技術研究所、2. 三菱電機ソフトウエア株式会社)

近い将来の発生が懸念される南海トラフ巨大地震に対する事前の備え・対策の重要性は論を俟たない。事前の備え・対策に資するため、我々はこれまでに、南海トラフ巨大地震の空間的な多様性を表現する3,480個の波源断層モデル群を用いた津波伝播遡上計算を実施し、様々な津波ハザード情報を創出した(赤木・他、2023)。創出した津波ハザード情報は、災害シナリオの作成(中村・他、2023)、津波避難戦略ツールの開発(杉山・他、2023)等に利活用されている。一方で、令和6年能登半島地震では、地震動や津波に起因する被害に加え、地盤の隆起による漁港の被害が明らかとなった。過去の南海トラフ巨大地震においても、多くの地点で地盤の隆起が報告されている(例えば河角、1956)。隆起によって漁港・港湾が機能不全に陥った場合、漁業・物流への中長期的な影響のみならず、船舶を用いた緊急支援が困難になることも懸念される。そのため、南海トラフ巨大地震によって漁港・港湾でどのような隆起が生じるのか、その傾向・特徴を事前に把握し、防災対策に役立てることが求められる。

本研究では、南海トラフ巨大地震に対する津波ハザード情報を創出する過程で構築した、地震調査委員会(2020)が設定した波源断層モデルに最大クラスの地震を考慮した波源断層モデルを加えた、合計3,480個の波源断層モデル群(以下、全断層モデルと記す)に対してOkada (1992) の方法で求めた鉛直地殻変動量データを用いて、南海トラフ沿いの漁港・港湾における隆起の特徴を分析した。一例として、清水港を対象とした分析について述べる。国際拠点港湾の一つである清水港は、大型コンテナ船が着岸するコンテナターミナル、国際クルーズ船が着岸する客船ターミナル等の港湾施設を有する、全国有数の国際貿易港である。ここでは、清水港が南海トラフ巨大地震発生後に支援拠点として機能するか、また人流拠点として機能するか、という観点から隆起の特徴を分析した。具体的には、全断層モデルによる鉛直地殻変動量、清水港のバース水深、支援船の着岸に必要な水深を比較し、隆起の特徴を分析した。支援船の着岸に必要な水深は、大規模災害時の緊急物資等支援船に対応可能な港湾施設の諸元を整理した赤倉・小野(2016)に基づき、9m以上と考えた。なお、海底面の隆起以外による港湾施設の機能喪失は考慮していない。

清水港の北部に位置し、港内の公共埠頭のうち最も水深が深いコンテナターミナルである新興津埠頭(水深15m)の場合、6m以上の隆起が生じると支援船が着岸不可となる。新興津埠頭における、全断層モデルから得られた鉛直地殻変動量を分析すると、走向方向に駿河湾から土佐湾、あるいは駿河湾から日向灘に至る領域が破壊する、合計98個の波源断層モデル(Mw9.0~9.2)で6m以上隆起することが明らかとなった。すなわち、「全割れ」となる南海トラフ巨大地震が発生した場合、新興津埠頭を含む清水港内のすべての公共埠頭で支援船が着岸できず、清水港が支援拠点として機能しない状況となる可能性を示唆している。

清水港の中央に位置し、客船ターミナルである日の出埠頭(水深12m)(図1 (a))の場合、3m以上の隆起が生じると支援船が着岸不可となる。日の出埠頭における、全断層モデルから得られた鉛直地殻変動量を分析すると、駿河湾から熊野灘、駿河湾から紀伊水道外域、駿河湾から土佐湾、あるいは駿河湾から日向灘に至る領域が破壊する、合計297個の波源断層モデル(Mw8.4~9.2)で3m以上隆起することが明らかとなった(図1 (b))。すなわち、「全割れ」のみならず、東側で「半割れ」となる南海トラフ巨大地震が発生した場合、日の出埠頭で支援船が着岸できないため支援拠点として機能せず、また支援船と同規模の旅客船が着岸できないため旅客輸送の軸となる客船ターミナルとして十分に機能しない状況となる可能性を示唆している。

本研究で得られた漁港・港湾における隆起の特徴は、南海トラフ巨大地震の発生の多様性を考慮した全断層モデルから得られた鉛直地殻変動量を用いた試行的な分析結果であることに注意されたい。また、漁港・港湾以外の地点における隆起について、さらには、沈降による0メール地帯への影響についても、重要な検討課題として残されている。今後、より詳細な分析に基づく隆起や沈降による影響の評価、そして、その結果を踏まえた事業継続計画の策定等による防災対策が求められる。

謝辞:本研究は「防災対策に資する南海トラフ地震調査研究プロジェクト」の一環として実施した。