日本地震学会2024年度秋季大会

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記念講演

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[S20] PM-1

2024年10月21日(月) 12:40 〜 14:40 A会場 (4階国際会議室)

座長:村井 芳夫(北海道大学理学研究院)、八木 勇治(筑波大学)

13:20 〜 13:40

[S20-01] [招待講演]M9級超巨大地震

*佐竹 健治1 (1. 東京大学地震研究所)

1. はじめに
 20年前の2004年12月にスマトラ・アンダマン地震(Mw 9.1)が発生し,この地震による津波はインド洋沿岸諸国で犠牲者数が約23万人という史上最悪の津波被害を生じた.それまではM8級の地震しか知られていなかったインド洋でM9級の超巨大地震が発生したことは,世界中の地震学者にとって大きな驚きであった.その後,2011年には東北地方太平洋沖地震(Mw 9.0)が発生し,これもまた日本の地震学者にとっては想定外であった.本講演では,M9級の超巨大地震に関する研究について振り返ってみたい.
 M9級の超巨大地震の存在はKanamori(1977 JGR)によるモーメントマグニチュードMwの導入によって明らかになった.以下で述べる20世紀の超巨大地震について,Msはすべて8.5以下であり,発生当時には超巨大地震とは認識されていなかった.

2.20世紀のM9級地震
2.1 1960年チリ地震(Ms 8.3, Mw 9.5)
 震源域の長さは約800 kmで20世紀最大の地震とされているが,その規模(Mw)は,地震波(地球自由振動を含む)から9.5~9.6程度なのに対して,地殻変動データからは9.1~9.3程度,地殻変動と津波データからも9.2~9.3程度とやや小さく推定されている(Kanamori et al. 2019 GJI; Ho et al. 2019 JGRなど).歴史記録によれば,この地域では1575年,1737年,1837年にも巨大地震が発生しているが,津波堆積物の調査から,1575年の地震のみが1960年と同程度の規模であり,超巨大地震は約300年の繰り返し間隔で発生している(Cisternas et al. 2005 Nature).

2.2 1964年アラスカ地震(Ms 8.4, Mw 9.2)
 地震波(Kanamori 1970 JGR)からの推定値Mw 9.2は,地殻変動と津波(Johnson et al. 1996 JGR)からの値Mw 9.1とほぼ等しい.長さ500 km以上の震源域内の二つの大すべり域(アスペリティ)では,平均18 mと10mのすべりが推定されている.

2.3 1957年アリューシャン地震(Ms 8¼, Mw 8.6) 
 約1200 kmという余震域の長さからMw 9.1とされていたが,地震波・津波の解析からはMwは8.6, すべりのほとんどは震源域西側500 kmに集中し,最大すべりは7mと推定された(Johnson et al. 1994 Pageoph)

2.4 1952年カムチャツカ地震(Ms 8¼, Mw 9.0) 
 自由振動・長周期地震波から震源域の長さ600km,Mw 9.0とされている(Kanamori 1976 PEPI)が,津波波形からは長さ500km,最大すべり11m,Mw 8.8と推定された (Johnson and Satake 1999 Pageoph).

3.歴史記録・地質痕跡から探るM9級地震
3.1 1700年カスケード地震
 北米北西部のカスケード沈み込み帯では巨大地震の発生は知られていなかったが, 1990年頃からの古地震学的研究によって地質学的な痕跡が発見され,平均繰り返し間隔は約500年,最新の地震は約300年前に発生したことが明らかになった(Atwater et al. 2005 “Orphan Tsunami”).最新の地震によって生じた津波は,日本の歴史文書に記録されており,津波シミュレーションとの比較から,地震の発生時(1700年1月26日)と規模(Mw 8.7~9.2)が推定された(Satake et al. 1996 Nature).

3.2 17世紀の北海道東部地震
 千島海溝ではM8クラスの巨大地震が繰り返し発生しているが,北海道の太平洋岸沖における津波堆積物調査から,17世紀に超巨大地震が発生していたことがわかった(Nanayama et al. 2003 Nature).この地震は,十勝沖・根室沖のプレート境界が連動し,さらに海溝軸付近で大きなすべりを持つ,Mw 8.8程度とされている(Satake et al. 2008 EPS; Ioki and Tanioka 2016 EPSL).津波堆積物を残すような巨大地震はおよそ400年間隔で発生しており(Sawai et al. 2009 JGR), 地震調査委員会による長期評価では,今後30年以内に発生する確率は7~40%と算定されている.

3.3 869年貞観地震
 仙台平野では,869年に大地震が発生し家屋や住民に被害が出たこと,さらに津波が多賀城まで押し寄せ千人もの溺死者が出たことが,『日本三代実録』に記録されている.津波堆積物の分布とシミュレーションとの比較からMw 8.4以上の規模とされていたが,2011年の津波との比較からはMw 8.6以上とされた(Sawai et al. 2012 GRL; Namegaya and Satake 2014 GRL).

4.2004年スマトラ・アンダマン地震(Mw 9.1)
 世界各地の検潮所や衛星高度計に記録された津波波形から,震源域の長さは1400km程度と推定されている(Fujii et al. 2021 Pageoph).また, 2004年以降にインド洋沿岸諸国で実施された古地震・古津波調査により,同じような地震・津波が平均500年程度の間隔で発生していたことが明らかになってきた(Rubin et al. 2017 Nature Commなど).

5.2011年東北地方太平洋沖地震(Mw 9.0)
 沖合や沿岸で記録された高精度の津波波形データの解析から,2011年東北地方太平洋沖地震の断層面上のすべり量の時空間分布が得られた.海溝軸付近では,破壊開始から3-4分後に最大69 mのすべりが生じ,三陸沖の海溝軸付近では,4分後以降に10 m程度のすべりが発生した.東北地方太平洋沖地震は,貞観地震モデルのようなプレート間深部の地震(M 8.8)と1896年明治三陸地震のような津波地震(M 8.8)とがほぼ同時に発生した,あるいは前者が後者を誘発したと解釈された (Satake et al., 2013, BSSA)

6.M9級地震の発生場所と時期
 M 9級の超巨大地震の発生頻度は低く, 20世紀以降には発生したのは5回である.各地域における繰り返し間隔は数百年程度であり,このような超巨大地震は,これまでに発生が知られていない沈み込み帯でも発生する可能性がある.多くの沈み込み帯で,巨大地震(M8級)が数十年毎に,超巨大地震(M9級)が数百年毎に発生するという多様性があるようだ(Satake and Atwater, Ann. Rev. EPS; Satake, 2015, Phil. Trans. ) .