日本地震学会2024年度秋季大会

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記念講演

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[S20] PM-2

2024年10月21日(月) 14:50 〜 17:00 A会場 (4階国際会議室)

座長:村井 芳夫(北海道大学理学研究院)、八木 勇治(筑波大学)

15:30 〜 15:50

[S20-07] [招待講演]地震動伝播に基づく実践的な地震動即時手法の開発とその実装

*小寺 祐貴1 (1. 気象庁気象研究所地震津波研究部)

気象庁の緊急地震速報をはじめとする地震動即時予測の精度向上や迅速化を目指して研究開発を行い、より良い地震動即時予測手法を社会実装・運用することは、地震防災・減災に貢献するうえで重要なことのひとつである。緊急地震速報は2007年に一般提供が開始されて以降長年にわたり情報提供を行ってきたが、2011年東北地方太平洋沖地震などをきっかけとして技術的諸課題が明らかとなり、手法の改善が進められてきた。主要な改善のひとつが、震源推定をせずに観測された揺れから将来の揺れを波動伝播モデルに基づいて直接予測する手法(地震動伝播に基づく予測)の導入である。本講演では、発表者が携わってきた地震動伝播に基づく地震動即時予測の研究開発や運用状況などについて紹介する。

地震動即時予測において最も基本的な手法のひとつは、P波初動を検測したのち震源位置とマグニチュード推定を行い距離減衰式から揺れの分布を予測する手法(震源推定に基づく手法)である。この手法は点震源近似が成り立つ地震であれば効果的であるが、有限断層の効果や破壊開始点と強震動生成域のずれを考慮する必要のある、M8程度以上の巨大地震に対しては予測精度が低下する。また、連発地震により地震波がオーバーラップしてP波初動の検出が困難となるケースでは見逃しに繋がり得る。これらの技術的課題を解決するため、震源推定を必要としない地震動伝播に基づく予測という考え方が提案され(例えば、Hoshiba and Aoki, 2015)、発表者はその実践的な地震動即時予測手法であるPLUM法(Propagation of Local Undamped Motion法)の開発を行った(Kodera et al., 2018)。PLUM法は、リアルタイム震度(功刀・他、2013)の観測値で現在の揺れの場を代表させ、強震動は短距離(30 km以内)であれば減衰せずに伝わると仮定して将来の波動場を予測する手法であり、アルゴリズムの実装が容易であるというメリットがある。2011年東北地方太平洋沖地震に対するシミュレーションでは、M9.0の地震に対して震源推定に基づく手法では生じていた関東地方の震度の過小評価が改善され、またその後の活発な地震活動によって生じていた強震動の見逃し数も減少した。PLUM法は2018年3月から気象庁の緊急地震速報で運用が開始され、実運用中の期間においても警報の見逃しを減らすなどの改善につながっている(Kodera et al., 2021)。また、PLUM法はShakeAlertを運用している米国においても実証実験がなされており、既存の震源推定に基づく手法と比較して見逃しや過大予測が少ないことが示されている(例えば、Cochran et al., 2019)。

一方で、地震動伝播に基づく地震動即時予測手法にも技術的課題は存在し、様々な改善の余地がある。そのうちのひとつは迅速性である。地震動伝播に基づく手法は、観測データから推定した現在の波動場を、ある仮定した波動伝播モデルに基づいて時間発展させることで将来の揺れを予測しているが、強震動の予測は強震動そのものの実測を待つ必要があり、P波が観測された時点で震源位置やマグニチュード推定が可能な震源推定に基づく手法と比べると迅速性の面で課題がある。Kodera (2018)では、地震動伝播に基づく手法にP波の情報を取り入れる方法のひとつとして、S波の前に現れるP波からS波の震度をあらかじめ予測し、それをPLUM法の入力とすることを提案した(P波PLUM法)。同手法ではP波検出を常時行うため、初期破壊におけるP波のみならず、巨大地震発生時における後続破壊(強震動生成域)から放出されたP波もリアルタイムで検出可能であり、それらのP波を用いれば強震動生成域からの強震動も精度良く予測できることを示した。またKodera (2019)では、震度の局所的な距離減衰を周辺の震度分布からリアルタイムで求めることによってPLUM法の波動伝播モデルを拡張し、より遠方の観測点の震度予測を迅速に行える手法を提案した。最近では単独観測点の波形処理に機械学習を応用して波動の伝播方向を直接推定し、震度の距離減衰推定を早める手法開発なども実施している。

地震動即時予測は予測精度と迅速性のトレードオフがあるが、新しい手法や観測情報を取り込んでいくことで、そのトレードオフを乗り越えていくことができる。地震動即時予測が地震防災・減災においてより有用なものとなるよう、引き続き新しい知見を取り入れながら研究開発を進めていきたい。